29.現実は厳しい
「99……100!!」
100回目の素振りを終わらせて、僕は上がった息を整える。
「ふむ……悪くない。教えた通りに出来ているぞ」
「ありがとうございます!」
アイリスさんに褒められた! 頑張って毎日素振りを続けた甲斐があったね。
実は僕が筋トレをしていることを話したら稽古を付けてくれるようになったんだ。
アイリスさんは迷宮騎士団一の実力者らしい。そんな人に剣を教えてもらえるのはありがたいんだけど……。
「しかしもっとこう、ズバッといけないか?」
説明が絶望的に悪かった……。感覚よりの人なんだろう。
「すみません……ちょっとよく分からないです」
「なら構えをとってみてくれ」
「こうですか?」
僕は教えられた通りに剣を構えてみる。……こうやって剣を振るえる日が来るなんて思ってもいなかったな。異世界に来てからだいぶ経つけど、普段やっている仕事はコンビニ業務だからそう思うのだろう。
「ふむ……腕をもう少し下げて、腰も少し下だ。その状態で振ってみろ」
「はい!」
僕は言われた通りに、剣を振ってみた。
すると風切り音が立った。さっきまでの剣筋とは明らかに違う。
「い、今、ズバッてできました……」
「ああ、ズバッと出来ていたぞ!」
なるほど、これがアイリスさんの言う、ズバッなんだ。
「よし、それが出来ればゴブリンくらいは倒せるだろう!」
「そ、そうですかね?」
「ものは試しだ、行くぞ!」
「えっ、ちょっと!?」
心の準備もままならぬまま、アイリスさんに強引に連れて行かれてしまった。
最近コンビニの周辺は探索者たちの往来が激しいので、この辺りにはモンスターが寄り付かなくなった。気付けばコンビニに向かって続く道も整備されていたし……。
そんな道を少し歩いてから外れていく。
「"ハジメ"」
アイリスさんが翻訳のかかっていない言葉で、僕の名前を呼んでから、ある方角を指した。
そちらを見れば一匹のゴブリンがちょうど歩いていた。
あれを倒してこいと言うようにアイリスさんがジェスチャーをした。
……分かったよ。僕も男だからね!
覚悟を決めて僕は剣を手に前へ出る。
「ゴガッ!」
不意打ちを極めるつもりだったのに、先に気づかれちゃった!
ゴブリンの棍棒を僕はなんとか避けて……アイリスさんに教えてもらった通りの構えをとって剣を振るった。
「ゴガガ!」
「や、やった?」
すると、まさにズバッと良い音を立てて、ゴブリンを切り伏せることができた。
「……ハジメ!」
気付けば僕の隣にアイリスさんがいて、よくやったと言うように肩を叩いてくれた。
異世界に着いて数ヶ月。僕はついにゴブリンを倒すことができたんだ!
まぁ……それを喜べたのもその時だけで……。
「……ぉえっ!」
コンビニに戻った瞬間、僕はトイレに駆け込んで吐いていた。
うん……僕は普通の人だからね。元の世界で殺生に慣れていたかって言われると全然そんなことないわけで。最初から分かっていたはずなんだけど……きっとゲーム感覚で思っていたんだろう。ゴブリン退治くらい僕にだってできるって言うそんな思いが。
豚や鳥と言った家畜を絞める瞬間にも慣れていないなら、当然こうなる。
改めてここが現実なのだということも、ようやく正しく理解できた。
「ハジメ殿、すまない。私が無理矢理やらせたから……」
「大丈夫です……。この世界で生きていくなら、こういうことにも慣れないといけないですし……」
でも、やっぱり僕には難しいかもしれない。意識だけはどうにかできても、強さだけはどうしようもないから。
「あの……一つ教えてください。帰り道で見かけた子供たちについて」
ちょうど帰り際に、僕は見てしまったのだ。小学生くらいの子供たちがゴブリンの群れを楽々と倒しているところを!!
「あぁ、あれはこの街の子供たちだな。この辺の子供たちにとっては迷宮の中が遊び場らしい」
「あの……ゴブリン退治が遊びなんですか?」
「そうだな。私も幼い頃は修行がてらゴブリン退治をしていたぞ」
……この世界の人たちってマジで逞しすぎない!?
このロンダール迷宮が出来た時、街一つが飲まれた時でさえ、迷宮第一層に落とされた住人たちは皆自力で脱出してきたって話だってあるくらいだ!
身体の作りもそうだけど、本当に生きている世界が違いすぎる……。僕はもう白旗しかあげられないよ……!
……実は一つだけ希望を抱いていたことがあった。それはこのコンビニの食品を食べると調子がいいという話だ。探索者たちが口を揃えて言うものだから、もしかしたら普段からコンビニの食品を食べている僕もそういう不思議な効果の恩恵を受けているんじゃないかって思ってたんだ。
――結果、そんなことはなかった! どうしてなんだよぉ!
やっぱり根本からして僕と彼ら異世界人は違う人種らしい……。
「僕……やっぱり戦うことはやめときます……」
「……ああ、それがいいな」
アイリスさんも思うところがあったんだろう……。ちょっと同情するように頷いてくれた。
でも、何かあった時の為に筋トレなど修行は欠かさないことにした。
「大丈夫だ、ハジメ殿。お前の安全は私たちが守ってやるからな!」
「……ありがとうございます」
なんとも頼もしい言葉だ……。僕の安全はアイリスさんたちが保証してくれるらしいから、心配ないかもしれないけど、しないよりはマシ……だからね。




