調査報告書:現在の迷宮について
「本日は特に問題なくスマイルストアは営業しておりました!」
「ご苦労だった、ハートン」
業務終わりに報告をしてくれたハートンを労うように騎士団長ヨスは言った。
迷宮に異世界から移転してきた【スマイルストア】という名のコンビニが現れた時はどうなることかと思ったが、意外と特に問題は起きていない。
もちろん問題が起きないように目を光らせていたヨスたちの働きもあるだろうが、迷宮伯の指示がよかったのもあるかもしれないが。
「それにしても、あのコンビニの商品って本当にすごいですね、団長」
「ああ、そうだな」
興奮気味に語るハートンに、ヨスは苦笑しながらも同意した。
現在このロンダール迷宮にはコンビニの商品が出回っている。あのクローバー商会とスマイルストアが業務提携をしたことで、販売販路が飛躍的に広がったからだ。
探索者たちが手軽にコンビニ商品を購入できることになったことで、全体的な攻略速度も上がっていた。食べれば肉体が強化されるコンビニ飯、魔導具よりも便利な道具、長期活動に適した保存食。どれも探索者が求めてやまなかった商品ばかりだ。
「そういえば、お前の幼馴染たちが八層攻略に動いていたな」
攻略組のパーティである【ジャックライダー】。彼らが八層攻略に向けて出発したことは三週間前にハートンからの報告で知っていた。
彼らは〈転移石〉で八層まで行けるとはいえ、攻略には時間がかかるだろう。
〈転移石〉……これは迷宮で稀に入手できる神器の一つだ。青い結晶石のそれは、使用者が行ったことがある場所に転移させてくれる。探索者たちはこの石を迷宮から脱出するために使ったり、逆に到達した階層まで転移し、そこから攻略再開をするために使用している。ただ貴重品であり、石一つに付き使用者一人しか転移できない為、滅多には使用されない。
その〈転移石〉を使用してまで八層に向かったということは……今回の攻略は本腰を入れたものだとすぐに分かった。
「デイヴィッドたちのことですか? ええ、そうですね……」
「あいつらは八層を完全攻略できそうか?」
「……できると思いますよ」
少し寂しそうに笑うも、幼馴染たちの実力を信じているからか、ハートンはそう答えた。
「はっきりいうじゃねぇか。……ならそのパーティにいたお前も、もう少し自信を持て」
「あはは……」
愛想笑いをするハートンに、ヨスはやれやれと溜息をついた。……ハートンは自分の実力を過小評価し過ぎていることになかなか気付いてくれない。
「そういえば団長、七層で何かありましたか?」
「七層? いや特には報告は上がっていないが……」
「今日コンビニに来た前線帰りの探索者から聞いたのですが、七層であの【雷鳴】を見かけたそうで……一心不乱に人面樹ばかりを数日に渡って伐採していたから、何かの予兆かと聞かれまして」
「……ああ、それか。本人から聞いたが、"オシカツ"だそうだ」
「オシカツ? なんですかそれ……?」
「俺もよく分からない。ただ何かの予兆とかではないらしい。魔法使いに必要な儀式かなんかなんじゃないのか?」
「あのジョナスの申し子ですから……そういうこともあるのかもしれないですね……」
ヨスとハートンは首を傾げながらも、それで納得していた。……推しの誕生日プレゼントを用意していただけとは思い付かないだろう。
ハートンが報告を終えて立ち去ろうとした時だ。すれ違うように騎士が一人入ってくる。
「団長、大変です! 副団長が倒れました!」
「なにぃ?」
慌てながらやってきた部下の報告にヨスは驚く。
すぐにその騎士とハートンと共に、トラヴィスの元へ向かった。
「おい、トラヴィス! 大丈夫か!」
「ああ、団長……はは、こちら検閲の報告書の纏めです……」
「お前、これを作るために無理をしたのか!?」
「は、半分調査です……あの栄養ドリンクとエナジードリンクの……効力の……」
見れば彼の机には空になった瓶と缶が転がっていた。
「ふふ……すごいですね。本当に24時間働けましたよ……だいぶ無理矢理、動けたという感じなので、やはり乱用は良くないですね……報告書にはそのように記載しておき…………」
「トラヴィス、おい!!」
「団長、落ち着いてください。眠っただけみたいですよ」
がくりと意識を失ったトラヴィスを前にヨスは慌てるが……穏やかな寝息をし始めたのでひとまずは大丈夫そうだった。
「まったく無茶しやがって……もう若くないってのに」
昔から仕事に真面目な男だったが、稀にこういうことをするのが、トラヴィスの良くないところだった。
「団長! 大変です!」
「今度はなんだ?」
また一人の騎士が慌てながらヨスの元に来た。
「だ、第八層が……攻略されたそうです! ジャックライダーが第九層に到達したと報告が!」
「なんだと? まだ一ヶ月経ってないだろ!?」
ついさっきジャックライダーの話題をしていた時は、攻略できたとしてもあと二週間は先だと思っていたが……まさかもう攻略したらというのか。
「ほら、言った通りになったでしょ?」
ハートンが少しだけ誇らしそうに言った。
ロンダール迷宮、第八層が攻略された。
三年も攻略されず諦める探索者たちが多くいた中、諦めずに突き進んだ者たちにより、それがなされた瞬間だった。




