24.推しの誕生日を祝いたい!
「ハジメ! 今日が何の日だか、忘れてないわよね?」
「……えっ?」
水曜日でもない日にココさんが来店したと思ったら、いきなりそんなことを言われた。
え? 今日? 今日ってなんかあったっけ?
単行本の発売日はまだ先だったはずだけど……。
「あんた、まさか知らないの!? 今日は紅玉の月の11日目、フジカの誕生日よ!!」
「えっ!? あ、そうか!!」
やっと思い出した。そうだ、今日は春日井フジカの誕生日だ!
確か魔法少女マイの二巻の巻末にあるプロフィールに書いてあったことを今思い出した。
「フジカの誕生日を祝いたいのよ、ちょっと付き合って!」
「もちろん、いいですよ」
推しの誕生日を祝うとは、立派に推し活しているなぁ。
というわけで業務終わりに、ココさんとバックヤードでささやかな誕生日パーティを開くことになった。
ホールケーキは流石に用意できないけど、普通のショートケーキなら商品にある。他にはポップコーンやスマチキも用意した。
「リンゴジュースなら、私が持ってきたわ!」
ドンッと机の上に瓶が置かれた。それには黄金の輝きを持った綺麗な液体が入っていた。……こ、これが本当にリンゴジュースなの!?
「どうしたんですか、これ」
「七層に人面樹のモンスターが出てくるのだけど、そいつが果実をたまに落とすのよ。その果実の中でもごく稀にしか採れない黄金の果実から作られたジュースよ!」
「そ、そんなレアなモノを用意したんですか!」
「当たり前じゃない! だってフジカの誕生日よ!」
さ、さすがだ……。ココさんがフジカ先輩と出会ってからそれほど経ってないけど、もう立派なフジカ先輩推しのオタクになっていた。
僕からはもう何も教えることはないな……いや、特に何も教えてないけど。
「では、フジカの誕生日を祝って……乾杯!」
「乾杯!」
僕たちは黄金ジュースで乾杯をした。
ちなみにこの黄金ジュースを用意するためにしばらく七層に篭っていたらしい。
味は本当においしかった……! こんなにおいしいリンゴジュースを飲んだのは初めてだった。
それからしばらくはジュースやスマチキを食べながら、フジカ先輩や作品の話について盛り上がっていたのだけれど……。
「……うぐ、フジカ……あんたって本当に……あぁああああ〜〜〜!」
……フジカ先輩を語る上で死亡したことは外せない。だから案の定、ココさんはフジカ先輩を思って号泣し始めた。
「ココさん、落ち着いて。せっかくの誕生日なんですからね? ほら、ケーキは食べましたか?」
「食べてない……」
机に突っ伏していたココさんがなんとか起き上がって、ケーキを一口食べた。
「……おいしい」
甘いものを食べたからか、少し落ち着いてくれた。よかった……。誕生日なんだから泣いてばかりはよくないよね。
「ああ……でも、フジカのあの最後の言葉があったから最新話で――」
ハッっと気付いてココさんが自分の口を塞いでいた。……今本誌のネタバレしそうになったんだね?
「……やっぱり僕も本誌読みましょうか?」
「いいの! あんたの読み方を優先しなさい! その代わりにあたしが我慢した分だけ、その時にはたっぷり付き合ってもらうからね……ふふ、ふふふふふ」
「は、はいぃ……!」
やばい、ココさんの目が据わってる……!
そりゃそうだ。今のココさんは飢えた獣のようだ。
感想を語り合いたい、もしくは人の感想を聞きたいという飢えを持った獣だ。僕もココさんと初めて会った時はそんな感じだったからすごく気持ちが分かってしまう……。
これは感想会で半日……いや一日は拘束されるかもしれない……。ちょっとその日は覚悟しておこう……。
「……その、今日は、ありがとね。付き合ってくれて……」
「いえいえ、フジカ先輩の誕生日ですからね。当然ですよ。それに楽しかったですよ」
「……わ、私も楽しかったわ」
ちょっと照れながらもお礼を言ったココさんを微笑ましく見る。……本当は出来ることなら元の世界のSNSを見せてあげたかったな。きっと同じようなフジカ推しのオタクたちが誕生日を祝ってファンアートとかをあげているだろうから。
「そういえば、ココさんの誕生日っていつなんですか?」
「私の誕生日? 今日よ」
……うん? 聞き間違いかな?
なんとなく気になってココさんの誕生日を聞いてみたんだけど、帰って来た答えに首を傾げた。
「え、今日って……7月11日?」
「そう、紅玉の月の11日目。フジカと同じなんて運命的ね!」
推しと偶然同じ誕生日なのが嬉しいのはわかる。わかるけど……!!
「なんでそんな大事なことを言ってくれなかったんですかぁ!!」
「え? だってフジカの誕生日のほうが大事でしょ!」
フジカ推し過ぎて自分の誕生日が二の次になっていらっしゃる!? ちょっと強火オタ過ぎるよ!!
「もう、じゃあ今からココさんの誕生日会もしますよ!」
「えっ……別にいいわよ。だって本当の誕生日か分からないんだもの……ただお父様に拾われた日だし」
「……それでもですよ」
僕は空になっていたグラスに黄金ジュースを注ぎ直した。
「誕生日は生まれてきたことを祝う日ですよ。別に正確じゃなくてもいいと思います」
僕のばあちゃんはいつも誕生日を欠かさず祝ってくれた。親のいないような僕だけど、この世に生まれてきたことを純粋に祝ってくれた。
この世に生まれていなければ、この出会いもない。そう、ココさんと出会うことだってなかったかもしれないんだから。
「だから、誕生日おめでとうございます、ココさん!」
「……あ、ありがと」
また照れているのか、目逸らしていたけど、グラスは打ち合わせてくれた。
しかしココさんも誕生日だったなんて……プレゼントになるようなもの用意してないんだけどな。
……いや、一つあったな。
僕は席を立って目当ての物を取りに行った。
「ココさん、良かったらこれどうぞ」
「ん? 何よこのカードは――!?」
カードの絵柄を見てココさんは目を見開いていた。カードを持つ手も震えていた。
「ちょ、これ……フジカのカード!?」
「そう、この前食べたお菓子に付いていて」
ウエハースとイラストカードがセットになったお菓子だ。
魔法少女マイとコラボしたその商品には、原作イラストを使ったカードがついている。
僕の推しである豊中マイのイラストが出てこないかなって思って試しに一つ食べてみたんだけど、出てきたのがフジカ先輩のカードだったんだよね。
当然フジカ先輩でも嬉しかったんだけど……僕が持っているより、ココさんが持っていた方がいいだろうと思って渡そうと考えていたんだ。
「い、いいのこれ……?」
「もちろんだよ」
「ありがとう、ハジメ!」
「うわっ……!」
感激極まったのか、ココさんに抱きつかれてしまった! あの、ちょっと色々とまずいですって! あ、意外と大きいものをお持ちで……着痩せするんですか?
……いやというか、単純に苦しくなってきたんですけど!? 魔法使いなのに力強っ!?
「ココさん……ちょっと苦しい……!!」
「……え?」
慌てて手を離したココさんを前に、僕は咳き込む。
「……あんた、ひ弱すぎない?」
「この世界の皆さんが逞し過ぎるんですよっ!!」
これでもコンビニバイト中に重い物を持ったりしているから普通よりは筋肉はあるほうだよ……あるほうだったんだよ……!
この前ロウシェさんに抱きつかれた時も全然振り解けなかった。だから、単純にこの世界の人たちと比べて、地球人の僕がひ弱なだけだと思う。……うん、きっとそうに違いない!
まぁ、とりあえず……ココさんは喜んでくれたみたいでよかったよ。
「フジカが全然出てこない………………」
……その後、ココさんが同じカード付きウエハースを買って、フジカ先輩を自引きしようとしていたけど、まったく出なくて絶望していたけどね。
ちなみに意外と探索者の中でも売れ行きがいい商品だったりする。彼らは何のキャラかも分かってない様子だったけど、可愛くて綺麗な絵柄のカードだから集めている人が多いらしいよ。
コンビニ豆知識:7月11日と言えばセブンの日ですが、実はかつて存在したココストアという名前のコンビニの一号店オープン日も同じ日です。この一号店が日本初のコンビニだと言われることもあるようです(諸説あり)




