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23.温めますか?

「こんばんは……」


「トラヴィスさん、いらっしゃいませ」


 正式オープンからしばらく経った頃、初期のような混乱もだいぶ落ち着いた静かな夕方に、トラヴィスさんが来店した。


「……大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いみたいですけど」


「あはは……最近ちょっと忙しくて」


 確かに前までは毎朝のように来てくれたのに、最近は来ていない。今日のようにたまに夕方に来るって感じになっていた。


「なかなか書類仕事が終わらなくて……聞いてくださいよ、うちの騎士たちは揃ってそういう仕事が苦手な人しかいなくて……全部私に回ってくるんですよ!」


「それは……また大変そうですね」


 あのヨス団長を始めとして確かに騎士団の人たちは肉体労働は得意そうだけど、書類仕事は苦手そうだった。今もコンビニの警備をしてくれている騎士たちがちょっと気まずそうな顔しているし。


「今日もまた残業になりそうです……」


「……お疲れ様です」


 忙しい中でもこの少し遠いコンビニにやってきてくれる。半分現場確認の仕事なんだろうけど、それでもちょっとした息抜きになってくれたらいいな。


「はい、いつものコーヒーですよ」


「ああ、ありがとうございます……」


 ブレンドコーヒーを用意してトラヴィスさんに渡す。いつもこれを頼むから、彼が商品を選んでカウンターに来る前に用意しておいた。今は僕の手が空いているからできるサービスだけど。

 カウンターにはクローバー商会の従業員がいて、彼が代わりにレジ業務をやってくれている。


「あ、お弁当ですね。こちら温めますか?」


「ええ、お願いします」


 彼は教えた通りに業務をこなしている。だいぶ慣れてきたみたいだ。

 トラヴィスさんが買ったお弁当は、から揚げ弁当だった。他にはサラダとインスタントのお味噌汁だ。


「夕飯を手軽に食べられるので、お弁当はいいですね」


「僕が言うのもなんですが、あまりお弁当ばかりというのはよくないので、ちゃんと食べてくださいよ」


「大丈夫です。家に帰れた時はちゃんと妻の料理を食べたりしてますから……」


 ……それって帰っている日少ないんじゃ?

 トラヴィスさんは既婚者のようで、奥さんと娘さんがいるらしい。家族も心配しているだろうなぁ。


「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ。なんたって今の私にはこれがありますからね!」


 トラヴィスさんが手にしていたのは……エナジードリンクと栄養ドリンクだった。


「つらい残業もこの二つのおかげで乗り越えることができます! 徹夜だろうと24時間だろうと私は戦えますよ! アッハハハハ!」


「いや、それ全然ダメなやつですよ!? ちゃんと休んでください!」


 現代人にとっての回復ポーション、エリクサーとでも呼べるそれらを手放せなくなった様子だ。

 ちょっと前にトラヴィスさんのためになるかと思って教えたエナジードリンクと栄養ドリンクだったけど、やめておけばよかったかもしれない。

 ワーカーホリックを加速させちゃったな……。


 ――バンッ!


「うわっ!」


「なんですか、今の音は!?」


 トラヴィスさんと話していたら店内に何か、爆発したようなくぐもった音が突然響いた。


 トラヴィスさんが警戒したように剣の柄に手を伸ばして周囲を見渡していた。……さっきまで残業サラリーマンみたいな感じだったのに、一瞬で騎士の顔付きになった。


「ああ、大丈夫ですよ」


 僕には音の原因がなんとなく分かっていたので、トラヴィスさんに落ち着くように言ってからカウンターに向かう。


「て、店長ー! 今、レンジから爆発音が!」


「から揚げ弁当に付いていたレモン汁のタレ袋はちゃんと取った?」


「……あっ」


 やっぱり。聞き慣れた音だと思っていたよ。

 僕は電子レンジを開ける。……案の定、から揚げ弁当に付いていたレモン汁の小袋が破裂して、飛び散っていた。気をつけてないと稀にやっちゃうんだよなぁこれ。


「すぐにレンジの掃除して。新しいお弁当も用意してね」


「は、はい!」


 飛び散ったのがレモン汁でまだよかった。レモン汁は電子レンジの掃除にも使えるものだからね。


「次からは気をつけてね」


 レンジの片付けに取り掛かった彼にそう声をかけてから、トラヴィスさんのほうに戻る。


「申し訳ありません。こちらの不手際で、少しお待たせします」


「いえ、お気になさらないでください。せっかくなので、ゆっくり待たせてもらいますよ」


 コーヒーを飲みながら、トラヴィスさんが微笑ましいものを見るような目をしていた。


「アキナイ様は……本当にしっかりとした方ですね」


「……また僕を子供扱いしてますね?」


「あはは、すみませんつい」


 まったくこの童顔には困ったものだなぁ。

 ま、これで少しは僕に対する印象も変わってくれるといいけど。

 そんな僕も、トラヴィスさんの印象がちょっと変わったけどね。やっぱりトラヴィスさんも、騎士の人らしい。


「それにしても、あの電子レンジというのは便利ですね」


「ええ、僕もそう思います」


 電子レンジは現代社会になくてはならない物の一つだと思う。

 冷めてしまった食品を温めることができるし、冷凍食品を解凍することだってできる。


「魔法使いでなくても、同じことが出来るなんて……本当にすごいです」


 ……まぁ、この世界には魔法があるから、電子レンジがなくても同じことができる人がいるみたいだけど。冷凍食品も実はちょっと売れ行きがいい。それは自力で解凍できる人たちがいるからだ。

 トラヴィスさんは感心しているけど、僕的にはそっちの方がすごいと思うよ。


「はっ! もしかして缶コーヒーを電子レンジで温めれば、ホットコーヒーになりますか?」


「それは絶対にやめてください!」


 缶コーヒーそのままを温めないでください……! せめて中身を缶から移してやってくれ!

 こういう感じで、この世界のお客様は電子レンジの使い方に慣れていないので、常設していたレンジは片付けておいた。使いたい場合は店員にお願いするように徹底しておいたよ……。

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― 新着の感想 ―
>もしかして缶コーヒーを電子レンジで温めれば、ホットコーヒーになりますか? それはだめに決まってるっすよぉ 通は卵をレンジで温めてゆでたまごにするッス!
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