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22.推し活は日常的に

「ずいぶんと人が増えたわね、ハジメ」


「いらっしゃいませ、ココさん」


 今日もいつも通りにコンビニを営業していたら、あの魔法使いのココさんがやってきた。


 ……そういえば、今日って水曜日か。こっちでは清流の日って言うんだっけ。曜日や月の数え方は元の世界と同じで覚えやすかった。一週間は七日で、一年は十二ヶ月ある。

 それぞれ名称が少し違うだけ。しかも元の世界の名称で言っても、翻訳魔法が勝手にこちらの名称に置き換わって伝えられている。

 似たような常識はこちらの世界の物に置き換わるから、話をする中で困ることが少なくていい。


「久しぶりですね。先週は来なかったような……?」


「あれだけ人がいて、来れるわけないじゃない! あたし、人混みは嫌いなのよ!」


 あぁ……確かに正式オープンしたあたりは人が殺到していた。

 現在はだいぶ落ち着いている。販売員が迷宮各地でコンビニ商品を売るようになってからはそちらで買う人々が増えたんだ。


 今もこの店に来るのは販売員からでは買えない品を求める人や、第一層から探索を始めるような初心者探索者、お金を少しでも浮かせようとする節約家などだ。


「それでハジメ。今週はもちろんアレを入荷しているわよね?」


「もちろんですよ、少々お待ちください」


 僕はバックヤードに戻り、パソコンを操作する。そこから在庫に眠っている物をバックヤードに転移させる。こうやって個別に店舗倉庫から商品を取り出すことも出来るのだ。


「お待たせしました。こちら先週号と、そしてこちらが今週号です」


 先週来ていなかったから二冊分の週刊誌をレジカウンターに置いた。もちろんそれは、あの魔法少女マイが連載されている週刊誌だ。


「ああ! 待っていたわ! 早く買わせなさい!」


 すぐにレジを通す。……書籍の類はどうやらレジを通した瞬間から、書かれている言語が異世界の言葉に翻訳されて固定されるみたい。今は店内だから翻訳魔法のおかげで、レジを通したこの週刊誌も読めるけど、店外に出ると僕ではもう読めないものになる。


 ココさんはすぐにお金を払って、イートインの席に滑り込んだ。そしてそこで早速読み始める。


「おや、ココ殿が来ていたのか」


 その時、休憩時間が終わったらしいアイリスさんが、バックヤードから戻ってきた。

 バックヤードは騎士団の人たちの休憩所としても貸し出している。この店を守ってくれているからね。


「ココさんとは知り合いなんですか?」


「いや、高名な魔法使いだから知っているだけだ。第七層攻略時に多大な貢献をしたあの【雷鳴】殿の姿を見られるとは……」


 やっぱり、ココさんって凄い魔法使いらしい。検閲されている書籍も彼女が購入することは許されているみたいだし。


「ぅぐ……ぐす…………マイィィィ! あんたやっぱりいい子ねぇぇええ!! そうフジカは、フジカはあああああ!」


 ……今、なんか号泣しながら呻いているけど。ちゃんと他のお客様に配慮してだいぶ声は抑えているけども。


「……あれが本当に【雷鳴】のココ殿なのか?」


 アイリスさんがちょっと信じられない物を見るような目でココさんを見ていた。……今の彼女はあまり見ないであげたほうがいいかもしれない。


「あぁーー! なんで今週号は休載なのよーー!」


 もう先週号読み終わったみたい……。でも今週号は休載だったのか……それはちょっと僕も知らなかったな……。


「ハジメ、ハジメ!!」


 読み終わったココさんが僕のところにやってくる。

 泣きながら何かを言おうとしたが、ハッと気付いたように口をしばらくパクパクさせていた。


「あの……マイが――ダメ、ネタバレになる。えっとフジカが――これもダメ、言えないぃぃぃ!」


 どうやら本誌のネタバレを回避しながら感想を伝えたかったらしい。


「今言えるのは……今回の話も最高に面白かったわ!! もう最高なのよ……とにかく最高だからはやく読んで欲しいわ……!」


 最終的に語彙力のなくなったオタクの呻き声みたいになっていた。


「ありがとうございます。単行本になった時に読むのを楽しみにしておきますね」


「読んだら絶対今回の話を語らせて! いい? 忘れるんじゃないわよ!!」


「もちろんですよ」


 ココさんとそんな約束をした。次の単行本が出た時、長い感想会になりそうだなと思った。

 僕も週刊誌を読んで毎週感想を言い合ったほうがいいのかもしれないけど、僕はある程度まとめて読みたい派なんだよね。小説やアニメとかもできれば一気見したいくらいだ。


「そうだ。買い忘れたものがあったからこれもよろしく!」


 ココさんはカウンターに高菜のおにぎりと紙パックのリンゴジュースを置いた。


「それからスマチキ一つね」


「スマチキ一つですねー」


 スマチキとはスマイルチキンの略称だ。当然このコンビニでもホットスナックを提供している。

 カウンター横のホットショーケースの中にはスマチキの他に、フライドポテトやフランクフルトやアメリカンドッグが並んでいた。

 僕はショーケースからスマチキを一つとって紙袋に入れる。食べる時は真ん中から切り取ることで残った下部分を手持ちにできる便利な紙袋だ。


「ほぉ、ココ殿は高菜のおにぎりが好きなのか?」


「え? ……ええ、そうよ」


 ……さすがおにぎりの騎士というべきなのかな。

 アイリスさんはココさんが買った高菜のおにぎりが気になった様子だ。


「スマチキ、というものもはおにぎりに合うのか?」


「まぁね。そんなところよ」


 ココさんが澄ました顔で返事をしていた。

 ……僕には分かるんだよな、この組み合わせの意味が。


(高菜おにぎりとリンゴジュースとフライドチキン……これ全部フジカが作中で食べていたものだ……)


 そう、これは全部ココさんの推しキャラ、春日井フジカの好物だ。

 推しが食べているものに興味を持って、実際にそれを食べるのはオタクあるあるだと思う。

 ココさん……立派に推し活しているなぁ……。


「な、なによ?」


「いえ……ただ僕も今日はスマチキ食べようかなってちょっと思っただけです」


「……ふふ、いいわね、それ」


 ……作中ではフジカと一緒にマイが食べていたんだよね。ココさんにもそれが伝わったのか、微笑んでいた。


「スマチキ……そんなにおいしいものなのか?」


 アイリスさんが気になったのかショーケースを見ていた。

 確かにそのまま食べてもおいしいけど、僕らのは推しが食べていたものって言う付加価値がある。少しだけ特別なんだよね。


 その日は当然、スマチキを食べた。からっと揚がった衣にかぶり付けば、ジューシーな肉汁が溢れた。

 これをマイも食べたんだなぁって思えば、いつもよりおいしい感じがした。

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