21.短冊に願いを
「よいしょっと……こんな感じかな?」
コンビニの入口の外にそれを置いた。毎年この位置に置いていたので、今年も同じ場所だ。
「ハジメ殿、それはなんだ?」
「これですか? 七夕の笹です」
前の店長ってことでいいのかな? 元の世界で世話になった店長が季節の行事を大事にする人だった。
だからこの店舗では毎年七夕の時期になると笹を店先に置いていたんだ。ちゃんと本物の笹を使うこだわりようだ。
「本当はもうちょっと前から飾るのですが、最近忙しくて忘れてて……思い出したのが当日の今日でしたよ」
元は中国から伝わったものだし、あっちは旧暦にやるみたいだから、間に合うどころか早いくらいなのかもしれないけどね。
「七夕とはなんだ?」
「僕の世界にある行事の一つです」
僕は七夕にまつわる話、織姫と彦星の話をアイリスさんに教えてあげた。
「愛し合っていた者が互いを愛し過ぎてしまったがために、神に怒られて引き離されるとは……」
「ええ、そして今日がその二人が年に一度だけ、再会することを許された日なんですよ」
「なるほどな……お前の世界の神も似たようなことをするのだな」
「え、こっちでも似た話があるんですか?」
……よくよく考えたらこの世界の神様ってわりと存在が確認できるよね。僕らの世界より身近と言うか……。そんな神様の神話は少し気になった。
「ああ。大昔、ある国の国王と王妃が互いを愛するあまり国政を蔑ろにしてな。国民の声を聞き届けた神が、王妃を迷宮の奥底に連れ去ったんだ」
「……こっちの神様はそういうことをするんですね」
「外出していた王妃の足元にたまたま迷宮が出来て、最下層に落ちたという説もあるがな」
「あ、神様の仕業だと確定しているわけじゃないんですね?」
「真実は分からないがどちらにせよ、国王は王妃を助けるために国政に尽力した。国を整えなければ迷宮攻略に送るための人材の確保も出来なかったからな。そうして国王の命を受け、迷宮攻略に赴いた者たちは無事に最下層にいた王妃を救い出したんだ。……これが世界初の迷宮攻略であり、この迷宮を踏破した者たちが探索者の始まりだと言われているぞ」
「意外と重要な歴史だった……」
まさかの迷宮と探索者の始まりの話だったとは。
「この王妃を救い出した始まりの探索者たちは、当然国王に感謝され、名誉と栄光を掴んだ。この話に憧れる探索者は多い。だから彼らは最下層を目指すのだろうな……」
確かに迷宮を踏破すれば実力が認められ、名誉を掴めるのかもしれない。
それを語るアイリスさんの表情は……なんだろう? 真面目な表情ではある。ただ少なくとも語った探索者のように、今の話に憧れを抱いているような様子は一切ない。
「ところで、ハジメ殿。この吊るしてある紙はなんだ?」
「これは短冊ですよ。短冊に願い事を書いて笹に吊るすと願い事が叶うと言われています」
「……これはなんて書いてあるのだ?」
「僕が書いた短冊ですね。『この世界でこれからも何事もなく、コンビニを営業出来ますように』って書きました」
日本語で書かれた僕の短冊を、アイリスさんは読めなかったらしい。
コンビニの翻訳魔法は僕にしかかかっていないみたいだしね。ちなみに今コンビニの外にいるけどあまり離れなければこの魔法は解けないようだ。
「アイリスさんも何か願いを書いてみますか?」
「願いか……」
アイリスさんは少し悩んでからペンを手に取って短冊に書き始めた。
「書き終わった。あとはどうすればいい?」
「笹に括り付けて吊るすだけです。僕のみたいに」
アイリスさんは僕の短冊を参考に、自分の短冊を吊るした。
「……『探索者たちが迷宮から無事に帰還できますように』」
「ああ、これが私の願いだ」
アイリスさんはまた少し真面目な表情をした。
「迷宮に向かう探索者は名誉だけではなく、生活をするためにしている者も多い。迷宮資源はそれだけ実入がいいからな」
迷宮の宝箱から手に入る神器はもちろん、モンスターから取れる素材も売ることができる。確かに探索者という職業は稼ぐにはいい仕事なのかもしれない。
「だが、中には迷宮に行ったまま帰って来ない者も多い……」
探索者は稼げる……けれど危険が付きものの職業だ。
「親が探索者をしていて迷宮から帰らずに孤児になる子供がこの街には結構いるんだ。……私もそんな迷宮孤児の一人でな」
「じゃあやっぱり、ヨスさんは……」
「あの人は私を引き取って育ててくれた、義理の父だよ」
団長のヨスさんとアイリスさんは親子にしては似ていないと思っていたけど……やっぱりそうだったんだ。
「正直私は親の顔も覚えていない。本当に迷宮で行方不明になったのかも分からないのだが……一人でも悲しむ者が増えないほうがいいだろう?」
アイリスさんが吊るした短冊を見つめながら、そう言った。……あの願いにはこんな想いが込められていたんだね。
「いい願いですね。僕の願いがちょっと恥ずかしいくらいです」
「何を言っている。このコンビニの商品のおかげで探索者たちは以前より安全に迷宮探索が出来ているのだぞ?」
「……そうなんですか?」
「ああ、そうだ。だからこの店とお前が居なくなると困るくらいだ」
アイリスさんが僕の方に振り返って微笑んだ。
……実はいつか元の世界に帰りたいなんて願いごとをしようか迷っていたことは黙っていようと思った。
「……それに、この店が消えたらおにぎりが食えなくなるしな」
「あはは! 確かにそうですね」
やっぱりおにぎりは相当気に入っているみたいだ。
……必要とされるのは悪い気はしない。だから、今まで以上にこの世界で頑張って行こうと思えた。
その後、短冊には店に来た他の探索者たちの願いも吊るされていった。結構評判が良かったから、また来年もすることに決めた。
ちょうど7/7の七夕だったので。




