20.異世界ギャップ
「それにしても、こんなに買って、迷宮に持っていけるのですか?」
気付けば商品が山のように入った買い物カゴが四つも出来上がっていた。四人分の一ヶ月の食料ともなればこうなる。
多量買いも制限はされているけど、迷宮伯の許可があれば大丈夫だ。当然、攻略組のジャックライダーはその許可リストに入っていた。
「大丈夫だ、〈魔法鞄〉があるからな」
で、出たー! やっぱり異世界だからあるんだ〈魔法鞄〉がっ!!
「あの、良ければ見せてください! 僕の世界にはないものなので!!」
「え、そうなのか?」
なんだか意外そうな顔をしながらも、デイヴィッドさんが、ウエストバッグを外して見せてくれた。
すごい、これが〈魔法鞄〉なんだ……見た目からは全然そうは見えない!
僕はもうワクワクが止まらなかった。だってチートもなければ魔法も使えない僕でも使えそうな魔法アイテムだったから!
え、コンビニの管理システム? あれはほら、コンビニ業務の延長線にあるから……あんまりワクワクしないんだよっ!
デイヴィッドさんは会計が終わった商品、カップ麺を一つ手に取って、それを鞄に入れた。
「うわ、一瞬で消えちゃった!!」
鞄の中を見てみたら底は見えず、闇が広がっていた。その闇の中に消えるようにカップ麺が姿を消したのだ。
「これ、取り出す時はどうするんですか?」
「頭の中で取りたいものを思い浮かべながら手を突っ込めばいい」
やってみろと言われたので、僕は遠慮なく手を鞄に突っ込んだ。
えっと今さっき入れたカップ麺は……【有名ラーメン店監修! 超激辛担々麺!(値段:250ギール)】だったはず……。
突っ込んだ手が物を掴んだので、そのまま鞄から手を出してみた。
「すごい……」
確かに僕の手のひらには思い浮かべたものがあった。
カップ麺の【有名ラーメン店監修! 超激辛担々麺!】と、250ギール。
……いや、250ギールまでいらないって!! それ商品の値段!!!
「ご、ごめんなさい! 250ギールは思わず商品の値段まで思い浮かべちゃって!! けして盗もうとしたわけじゃなくて!!!」
「アッハハハハ! 大丈夫だよ、アキくん! 誰もそんなこと思ってないって!」
「やだ〜、ちゃんと値段まで覚えているなんて、真面目なのね? 可愛い〜」
ベルナールさんからは思いっきり笑われるし、デリカさんからは愛しいものを見る目で見られた。……その目線はやめて下さい! ちょっと怖いですよ!
デイヴィッドさんやカイオスさんにまで笑われるし……恥ずかしいったらありゃしない!
ちなみにちゃんとカップ麺とともにお金は返しました。
「……というか、このカップ麺、すごく辛くて有名なんですが、大丈夫ですか?」
「どこまで辛いのか、気になってしまってな!」
デイヴィッドさんが実に好奇心旺盛な目をしていた……。さすが探索者だ。未知の領域を探索することに躊躇がない。
ちなみにちゃんと四人分買ったらしい。激辛ラーメンを買って一緒に挑戦できるなんてちょっと羨ましい関係性だ。
「それにしても、やっぱり〈魔法鞄〉はすごいですね。異世界の人たちはこんな物も作れるんですね」
大量にカゴにあった商品たちが、〈魔法鞄〉の中に吸い込まれるように消えていく。ちなみに四人とも〈魔法鞄〉を持っているから、それぞれ入れ込んでいた。
「いや、これは神器だから俺たちでは作れない」
「……神器?」
「迷宮の宝箱から出てくる品だよ。神様からの贈り物とも呼ばれているね」
どうやらこの〈魔法鞄〉は特殊な魔導具の類いらしい。さっきちらっと聞いた〈転移石〉もそうなんだって。まぁ転移魔法自体が神様の力らしいしね。
迷宮自体が神が作りし造物だからそこから出現するものは総じて神器になるという。
迷宮内にはたくさん宝箱が設置されていて、そこから様々な珍しい物が手に入るらしい。
〈魔法鞄〉はその宝箱から結構出てくる定番のアイテムだそうだ。
初心者探索者にとっては嬉しい初期アイテムだし、売り払ってもそこそこの値段で売れるから換金アイテムとしても当たりの宝だとか。
ちなみに迷宮の宝箱は月一でランダム補充されるという。月初めは探索者たちが、その宝箱を巡って競うように迷宮内を虱潰しに探しに行くんだってさ。
……第一層に出現する宝箱には碌なものが入ってないから誰も探さないらしいけど。……このコンビニを探し当てることができたのは、きっとアイリスさんだけだったのかもしれない。あぁ女神よ!
「じゃあ〈魔法鞄〉は結構、一般的なんですね。僕の世界じゃ、考えられないですよ」
「むしろ、アキの世界はどうなっているんだ?」
「ライトの魔導具とか簡単に作れるみたいだし、これだけの食品や便利な道具を生み出す世界って何……?」
「……理解ができない世界だ」
「ほんとね、カイちゃん。……そっちの世界に迷宮はないのよね?」
「ええ、ないです。魔法とかもないですし、モンスターとかもいないですけど……」
まるで想像がつかない様子で四人に首をひねられてしまった……。異世界ジェネレーションギャップを感じる……。
「ありがとうございましたー、またのお越しをお待ちしております!」
「ああ、またな!」
準備が整ったジャックライダーのみなさんは、第八層に向けて出発していった。戻ってくるのは一ヶ月後かな。きちんとクリアして何事もなく、戻ってきて欲しいものだ。
「あの〜、あの人たち行きましたか?」
「あれ、ハートンさん? みないと思ったらそこに居たんですね」
バックヤードからわずかに顔を出してきたのは、迷宮騎士団の騎士の一人、ハートンさんだった。
今日はアイリスさんがいない。アイリスさんがいない日は大体彼がいつもいて、このコンビニ警備の指揮を取っていた。
「ジャックライダーの人たちのことなら、もう行きましたけど」
「良かったぁ……」
彼はホッとしたようにため息をつきながら、バックヤードから出てきた。僕よりも背丈が大きくて体格も大きいのに、猫背気味なせいか、小さく見える。
「彼らに会いたくないんですか?」
「会いたくないって言うか、顔を合わせづらいっていうか……」
ちょいちょいと手招きされたので、表を販売員たちに任せて、僕はバックヤードに入る。
「実は僕、元ジャックライダーのパーティメンバーだったんですよ……」
「え、そうだったんですか!?」
「彼らとはこの街で一緒に育った幼馴染で……」
デイヴィッドさんたちとハートンさんは元々幼馴染で、一緒に探索者なり、ジャックライダーを結成したという。
「ただ、僕だけはうまく付いていけなくなっちゃって……それで数年前に抜けたんです」
ああ……だから顔が合わせづらくて、バックヤードに逃げていたのか。
「彼らは別に僕のこと責めたりしてないって分かってるんですけどね……。というか、僕なんかいなくてもちゃんと最前線張ってるような連中だし……」
いけない。ちょっと落ち込み始めたぞ! 顔を俯かせてさらに小さくなってしまった……!
でもこういうときの慰め方が僕には分からないよ……!
「あっ、すいません、いきなりこんな話しちゃって!」
「いえ。僕にできることは話を聞くくらいしかできないですけど、それで良ければいつでも話を聞きますから」
「ありがとう。……やっぱり店長さんは優しい人ですね……」
優しいかどうかは分からないけどなぁ。話を聞いているだけだし。
「あの、一つ頼み事してもいいですか……?」
「なんですか?」
「一緒に、あの激辛担々麺を食べて欲しいんです! 彼らが話してるの気になっちゃって……でも、一人で食べる勇気がなくて……!」
ハートンさんは少し言いづらそうにまた身体を丸めながら、そんなお願いをしてきた。……なんというか臆病な熊を見ている感じだ。
「僕でいいなら、いいですけど」
「ありがとうございます、アキさん……!!」
あまりにも必死でお願いしてくるものだから、つい了承してしまった。断れないお人好しな日本人が出てしまった……。まぁ、僕も一回食べてみたかったし、この機会に食べてみようと思った。
その日の夕食はハートンさんとともに激辛担々麺を食べてみたんだけど……めちゃくちゃ辛かった!!
ハートンさんも同じように辛いと言いながら、なんとか完食していた。
これを普通に完食できるのはきっとカイオスさんだけじゃないかと話していた……カイオスさん、辛いもの平気なんだね。ちなみに一番苦手なのはベルナールさんらしい。
今日は思いっきり笑ってくれたから、ぜひこれを食べて苦しい思いをして欲しいところだ。
そういえばベルナールさんと言えば、こっそりと雑誌の行方について聞かれた。
『あー、あの雑誌は全部検閲対象になってしまって……今は販売ができません』
『そ、そんなぁー!!』
すごく残念そうにしていた。そしてその後、何を話していたかデリカさんに聞かれて絞められていたけどね。




