17.救いの手は猫の手
スマイルストア、ロンダール迷宮第一層店が正式オープンしてから一週間。僕はあまりの多忙さに倒れかけていた。
日を追うごとにお客様が増えていく。それにはあの【ジャックライダー】の三人組が口コミでいい噂を流してくれていたらしい。
なんでも【ジャックライダー】は攻略組の最前線パーティらしく(初心者パーティだと思ってごめん)探索者たちの中では有名だという。
そんな彼らがあのコンビニという店は素晴らしかったと広めてくれたから、異世界のコンビニという得体の知れない店かつ、第一層の端にあるにも関わらず、探索者たちが来てくれるようになったようだ。
僕の読みとあの時の接客は間違ってはいなかった。それはいいんだけど……!
「さすがにワンオペはキツいって!」
現在この店に店員は僕一人しかいない。ワンオペなのでさすがに深夜営業はしていないが、朝から晩までやってくるお客様を一人で対応しないといけないのはさすがに疲れた……。というわけで今日はちょっと臨時休業をさせてもらっている。
僕はバックヤードの椅子に座り、栄養ドリンク片手に昨日の売り上げをチェックしながら、商品補充などを行っていた。
その隣にはアイリスさんがいる。臨時休業中でもしっかり警備の仕事はしてくれるらしい。
「ハジメ殿、我々がもっと手伝ってもよかったのだぞ?」
「いえ、列整理とか、入場制限とかそれに伴うトラブル辺りの対応をやって頂いただけでもありがたかったので……」
アイリスさんたち騎士団のみなさんにはお世話になりっぱなしだった。
レジに並ぶ長蛇の列整理とか、人で溢れ始めたので入場制限にした後は、外で並び始めた探索者たちの列整理をしてくれていた。さらに探索者同士のトラブルまで対処してくれた。
まるで人気のアトラクションかってくらいに毎日人が来ていたから、僕一人じゃ対応出来なかったかもしれない。
しかしながら思い知らされた……。
「やっぱり、従業員雇ったほうがいいかぁ……」
このままずっとワンオペは無理だ。僕の寿命が持たない。猫の手も借りたいくらいの忙しさだ……。
「なにやら、お困りのようですにゃ?」
「うわぁっ!?」
疲れが溜まっていたせいか、入店音を聞き逃したらしい。バックヤードの入口には、また知らない女の子が立っていた。
……いや、人間なのかな? だって猫耳と尻尾が生えていたから! 猫の手も借りたいとは言ったけど、まさか本当に猫が来るなんて!
白髪のセミロングと青い瞳を持った猫耳少女がそこにいた。背は低くて十五歳くらいに見える。服装はだいぶ軽装で、斥候の探索者のようにも見えるけど、なんかまとう雰囲気が違う気がする。
「おっと驚かせてすいませんね〜。うちはクローバー商会、ロンダール迷宮支部長のロウシェと申します」
「ああ……どうも、スマイルストア、ロンダール迷宮第一層店のオーナー兼店長の春夏冬 始です」
丁寧に挨拶をされたので、僕もロウシェさんに自己紹介を返した。それにしても、クローバー商会って……?
「クローバー商会というのは、この国一の大商会だ。そして彼女は確かに、支部長殿だな」
「にゃはは、確かにアイリス様の仰る通り、ありがたいことに、我が商会の名はこの国では広く知られておりますよ〜」
「そ、そうなんですか……」
そんな大商会の人がうちの店になんのようなんだろう……? も、もしかしてこの迷宮内に新たにできたこの店が商売敵になるから潰しに来たとかっ!?
「あ〜そんな警戒しないでくださいにゃ〜。うちの商会はそちらと業務提携したくて来たんですよ」
「業務提携……?」
「数日間、この店を勝手ながら視察させて頂きました。この店の商品は実にどれも素晴らしい! ぜひうちの商会に卸させて欲し――」
「その話は迷宮伯に一蹴されたであろう?」
「――かったのですが、あいにくと迷宮外への輸出を禁止にされましてねぇ……!!」
ギロリとアイリスさんに睨まれて、冷や汗をかきながら慌ててロウシェさんが続きを言った。
「せめて迷宮内部での商品販路について、業務提携ができればと思い、こうして交渉しに参った次第です」
ロウシェさんから提案されたのはこうだ。
一つ、コンビニ商品の一部をクローバー商会が代わりに迷宮内部で販売するというもの。
クローバー商会では販売員が迷宮に直接潜り込んで、その迷宮内部で探索者相手に商売をしているらしい。いわゆる移動販売の形式に近いだろう。
探索者が一度迷宮に潜ると下手をすれば一ヶ月も地上に戻ってこないことがざらにあるらしい。そんな彼らを対象に、モンスター素材をその場で買い取ったり、食料や探索に必要な備品などを売っているのだそうだ。
その商品の一部に、コンビニの商品も扱いたいという。クローバー商会の販路を使わせてもらうので、商品の売り上げはこちらに入るけど、値段は少し割高になり、その割高になった分だけが手数料として商会に入るようにするという。
だが、これにより探索者たちは迷宮の下層にいながらにして、第一層にあるこのコンビニの商品が買えるのは便利だろう。
さらに転移ポータルのある第五層と第七層には攻略の橋頭堡となる前線拠点があり、そこでも商会は店を開いているという。
販売形式の分散により多くの人にコンビニ商品を届けられるだけでなく、今第一層店が抱えている過度な集客も少しは収まる見込みがあった。
「輸送費、人件費はもちろんこちら持ちです。さらに、この店の商品には特殊な物が多いですから、しばらくうちの販売員を、この店で研修と称して従業員として働かせて頂ければと思います。そちらとしても、従業員不足を補えるので、悪くない提案かと思われますよ〜」
確かにすべて悪くない提案だ。
SPが増えれば新しい店舗を増やすことができるみたいだけど、そのSP分は全然溜まってないし、新しい店舗を増やしたところで結局従業員の問題は解決しない。
「もちろん、そちらが必要とする商品がありましたら、うちの商会がご用意いたします」
……さすが、そこも見抜いていたかぁ。
実はここ数日、探索者たちから矢は売ってないのか? とかポーションはないのか? とか言われたことがあった。このコンビニが発注で用意できる商品は元の世界にあるコンビニ商品に限られる。
さすがに異世界特有の品はない。ただお客様の要望は叶えたかったので、どこからか仕入れようかと考えていたところだ。
本当に渡りに船って感じの提案ばかりで、驚かされる。
「代わりと言ってはなんですが、他の商会と取引せず、うちのクローバー商会と独占契約をして頂きたい」
……なるほど。向こうとしては利益を独占したいと。この店の商品は確かに金のなる木に見えても仕方ないか。
「まぁ、正直言いますと、ちょっとこの店の商品の転売が出始めてるんですよ」
「え、そうだったんですかっ!?」
「うむ、騎士団の方でもその問題は把握しているな。すでに何人か悪質な者はこちらで処罰した」
……まさかこの世界にも居るのか、転売屋どもが。一応そうならないように個数制限とかはしていたけど……多くの探索者に売ったから分からないな……。
「そうならないように、このコンビニ商品を販売する場合はアキナイ様の許可がいることにすると、迷宮伯が仰られまして。そのうち正式に発表されますが、うちはそれに先駆けて交渉しに来た次第です。……実はこの業務提携の話に関しては、きちんとすでに迷宮伯には話を通して許可を頂いておりますゆえ、あとはそちらの返答次第です」
しかも、根回しが早い……。まさかの迷宮伯のお墨付きとは。
うーん、都合が良すぎる話すぎて一旦断ろうかと思っていたけど、迷宮伯がすで許可を出しているならいいかな?
転売屋のこともある。この店舗の外で、業務提携をしたクローバー商会以外の商人がコンビニ商品を扱うことを禁じれば、確かに転売屋対策にもなる。だから迷宮伯もクローバー商会の業務提携について許可を出したのだろう。
迷宮伯からの覚えがいい商会みたいだし、悪いことにはならないはず……。
「さぁ、どうしますかにゃ? うちの商会より好条件が出せるところはなかなかないと思いますよ〜?」
ね、猫撫で声ってこういうのを言うのかな?
僕が悩んでいたら、ロウシェさんが上目遣いをしながら、なぜか腕に絡みついてきた。……ちょっ、ちょっとなに!?あっ、でも尻尾がふわふわして……。
「ロウシェ殿、過度な接触は控えてもらおう。ハジメ殿が困っている」
「ひにゃっ!」
怖い顔したアイリスさんに、首根っこ掴まれてロウシェさんが引き剥がされていった。
……た、助かったのかな? 意外とロウシェさんの力が強くて振り解けなかったのは確かだけど。あんなに小柄なのに……異世界人って見た目によらないなぁ。
「にゃはは、やだな、アイリス様ぁ! ちょっとしたスキンシップですよ〜」
……これも交渉術の一つなのかな。見た目は若いのに商売人として、油断ならない人だ。
「……もし、こちらに何かしらの不利益があった場合は、すぐにこの契約を解除するという条件でもよろしいでしょうか?」
「もちろん! 不利益などさせませんから、そうなることはないはずです!」
「なら、クローバー商会と業務提携を結びましょう」
「ありがとうございますにゃ〜!」
ということで、クローバー商会とは業務提携をすることに決まった。




