調査報告書:スマイルストアが扱う商品について
ロンダール迷宮の入口は地上に開いた大穴がそれだ。
その大穴は二十年前、ロンダール領地にある小さな田舎街を飲み込むように突如として開いた。
当時は街一つが迷宮に落とされ、ひどい混乱が見られた。被害に遭った住人たちは命からがら迷宮を抜け出し、ぽっかりと開いてしまった大穴を呆然と見つめたという。
それは神の怒りを買っただの言われていたが、やがて迷宮がもたらす富が増えるごとに神の贈り物だとされるようになった。
やがて大穴を中心に街は発展し、昔と比べ物にはならないほどに大きくなり、今や迷宮街オルウェイと呼ばれるようになっていた。
当然、迷宮街オルウェイには迷宮騎士団の本部がある。現在その本部にある会議室ではある報告がされていた。
「では、あの店の商品は迷宮で問題なく使えるというのだな、デイヴィッド?」
「問題ないどころが有用すぎるくらいだったよ、ヨス団長殿」
騎士団長ヨスは【ジャックライダー】のリーダー、デイヴィッドから"調査報告"を受けていた。
【ジャックライダー】は八層まで到達した、いわゆる最前線の探索者パーティだ。攻略組とも呼ばれる彼らは探索者たちの中では上位のパーティである。
探索者たちの実力を示す物差しは単純明快、到達した迷宮の階数である。しかも世界最難関とされているこのロンダール迷宮の攻略組となると、その実力は折り紙付きと言っていいだろう。
そんな第一線で活躍するパーティに、ヨスは探索者を代表してあの【スマイルストア】を利用するように頼んだのだ。
得体の知れない異世界の物が多い店だ。下手に探索者たちに物が出回って混乱を引き起こすわけにはいかなかった。
今も会議室に並べられた、害虫対策グッズはデイヴィッドの話によると八層を飛び回る小さな虫、ブラッドイーター対策に便利だったという。
現在の最前線、八層の暗黒森林地帯にはブラッドイーターが探索者の血と魔力を吸うため、少し歩くだけでも貧血と魔力不足に陥るという最悪の階層だった。
対策は何度も講じられてきたが、どれもうまくいかず、結局分厚い長袖などで皮膚を露出しないことが一番の対策となっていた。
「この蚊取り線香や虫よけスプレーのおかげで、軽装で行っても問題なかった」
デイヴィッドの報告ではそれだけでなく、視界を塞ぐほどの暗闇には懐中電灯が便利だった、植物型モンスターの花粉や、状態異常を振りまく毒蛾の鱗粉対策にマスクは有効だった、など八層攻略の障害となる様々なことがコンビニの商品で解決したことを報告した。
「探索者代表として言わせてもらうが、あのコンビニという店の商品は素晴らしい。あれらの商品を他の探索者たちも使えれば、八層攻略も夢じゃなさそうだ」
「ふむ……分かった。今の言葉も迷宮伯に伝えておく」
デイヴィッドの報告が終わった。彼らが買った商品は全て提出してもらったので、テーブルに残されたままだ。……これらの商品を外に流すわけにはいかない。その許可は迷宮伯からはまだ出させていないのだから。
「お疲れ様でした、団長」
「おう。ってなんだそれ」
副団長のトラヴィスが、細長い容器を手にして現れた。
「缶コーヒーというものですよ。アキナイ様がコーヒーが好きならこちらもどうかと教えてくださったんですよ」
「へぇー……」
缶の開け方を教えてもらい、ヨスはそれを一口飲んだ。
「うまい。……が、前に店で飲んだ奴の方がうまいな」
「私もそう思いますよ。ですが、こちらのほうが持ち運びにも便利で、密閉されている容器なので保存に適しているようですね」
アイリスやトラヴィスは定期的にあのコンビニに通っているのは、半分調査のためである。こうして一つずつ、売っている商品を調べていた。
本当は騎士団の何人かも通わせたいが、そういうわけにもいかなかった。
現在あのコンビニについては、秘匿情報として扱われていた。コンビニの周囲一帯は封鎖されたままだ。第一層ということで探索者たちにもバレてはいないが……それも時間の問題だろう。
コンビニの存在を公表する前に、商品の安全性やもたらす影響など見極めることが、迷宮伯より現在命じられた仕事だった。
「懐中電灯やライター……いくつかの商品は市場に出回ったら混乱を引き起こしちまう……これは迷宮伯に報告上げて相談だなぁ」
これらは商業ギルドのほうとも話を通さなければならない。その辺りも考えるとやはり迷宮伯に報告すべき案件だ。
「そういえば、ココ様からの報告書もありましたよね」
「あー、あっちもだな」
トラヴィスよりも前にコンビニの調査を頼んだ魔法使い。
現代における魔法の基礎を作り上げたという偉大なる魔法使いジョナス。エルフである彼は生きた伝説だ。そんな彼には弟子が複数人いる。それがジョナスの申し子と呼ばれ、ファミリアの姓を名乗る子供たちの存在だ。
彼らの殆どはジョナスが拾い育てた養子ばかりである。ココ・ファミリアという魔法使いもそのうちの一人だった。
彼女は三年前にふらりとこのロンダール迷宮に現れ、当時苦戦していた七層攻略に貢献した。
【雷鳴】のココと言えば、このロンダールでは知らない者はいない。
「魔法使いの観点から見ても異質なコンビニだが、危険性のある魔法の類いはなし。またマンガと呼ばれる書物には異世界が考える魔法について興味深い記述あり。書物がもたらす影響については計り知れないため、注意が必要……」
「書物の検閲もしたほうが良さそうですね……」
トラヴィスの言葉に頷きながら、ヨスは頭を抱えた。……色々と仕事が増えそうだ。
「ま、あとは迷宮伯がなんとかしてくれるだろ」
小難しいことはきっと迷宮伯が考えてくれるだろう。そんな風に思いながら、缶コーヒーを飲み切ったヨスだった。
きっとこれから忙しくなるだろう。迷宮騎士団も、あのコンビニという店も。
またしても何も知らない春夏冬 始さん(24)




