絶対に譲れない条件
「もはや、呪いか」
一ヶ月後、オーブンレンジはプラスチックカバーの部分がどんどんズレていき、変な隙間ができて再び最初のエラーメッセージが出るようになった。基盤交換だ。またわたしが基盤を汚すような使い方をしたのだろうか。温めぐらいはできるので、今すぐどうにかしようという気が起きない。
家電選びと人間関係って似ている。
少しだけ相手のことを知ると、逆に本音が言えなくなることがある。
修理業者がわたしの見立て通りのただの老眼オヤジであったら、ボロクソ文句を言って再々修理を要求できたかもしれない。女装の足立さんというキャラ設定が出てきた上に、その情報を教えてくれた高専卒のギャルという新キャラの登場により、なぜかこちらの立場が弱くなってしまった。
文句を言いたい対象との間に別の誰かが入ると、その人がわたしをどう思っているのか余計な心配も出てきてしまう。たぶん尻ぬぐいの報復を兼ねた愚痴なんだろうけど、同僚のセンシティブな話を客にべらべら喋っちゃうところを見ると少し信用できない。けどギャルは仲間を大事にしそう。会社に戻れば同僚の味方、辛辣な客はクレーマーみたいな扱いするんじゃないか。
変な隙間ができてるレンジを指でつついた。
そのままスライドしてオートメニューの料理名を指でたどりながら読んだ。
「ハンバーグ 肉じゃが コロッケ」
どれもこのレンジで作ったことなどない。そもそもオートメニュー機能を使ったことがない。
材料をぶち込んでボタンを押せば自動的に完成するわけじゃない。このボタンが最大限の働きをするように材料および分量や大きさをレシピ通りに揃えなきゃいけない。わたしの希望に答えると言っておきながら、最低限はそちらのルールに従わなければ成り立たない関係性。
素直に従えたら、きっと便利で快適な関係。
「もうこのメーカーは買わない」
レンジを睨んでつぶやく。
思い出してしまった「別れ」に対しての強がり。
振り返らない、必要ないから切り捨てた自分を誇る。
わたしは元カレ自慢の若い子でも悪女でもない。
家電量販店でぼんやりとレンジを見ていた。
「レンジお探しですか」
最新家電には詳しくなさそうな眼鏡のおばちゃん店員に声をかけられた。いやいや誰よりもレンジを使いこなし、レンジの歴史に詳しくて機能を熟知しているかもしれない。
「家電との出会いって人と似てますよね」
「え?」
日頃思ってることを他人に言われて驚いた。
「どんなに高機能でも見た目が気に入らないと使ってて愛情沸かなかったり、逆に見た目だけで判断して自分の生活に合わなかったり」
「そうですね」
「絶対に譲れない条件はなんですか」
「譲れない条件?」
「人だったら、太っている人は無理とか。体格の違いって見た目だけじゃなくて食生活や生活温度も違うじゃないですか。そういう意味で判断する条件ってありますよね」
「はあ。すぐに壊れないのがいいです」
「そうきましたか」
テキトウに返したのに粋な答えだったかのように、おばちゃんは嬉しそうに笑った。
その余裕をまとった空気感が、楽しく生きている人生の先輩って感じでキラキラしていた。
わたしは負けたくない気持ちで自分の理想を語った。
「こちらが気を使わないで済む強いタイプ。多少の文句を聞き逃して、言っているわたしに罪悪感を与えない、動けなくなってもわたしだけのせいにしない存在が欲しいです」
「いいですね。なるべくシンプルなものにするのがお勧めですかね」
家電の話をしているのか、人間の話をしているのか分からなくなってきた。
おばちゃんは天然装ってるのか、うまいこと言って家電を勧めなる。
けど、絶妙な距離感でわたしに寄り添う。
わたしは温め機能だけのシンプルなレンジを買った。あのメーカーではない。
オーブンレンジは下取りで持って行ってくれるそうだ。
なんか世話焼きおばちゃんに見合いを勧められたような気分だけど、このレンジ見た目も気に入った。
自分を温めてくれる壊れない人にも、出会えますように。
おわり






