第3話:静かに揺らぎ始める日常
今回は、少しずつ揺らぎ始める日常の中で、翼が感じる小さな違和感と、澪・風間の影を描きます。
物語が静かに動き出す予感を込めてお楽しみください。
チャイムの音とともに、4時間目の数学の授業が終わった。
「神谷ー、昼どうする?」
後ろから声をかけてきたのは風間。翼の数少ない友人の一人だ。
窓側の席から振り返ると、風間がいつも通りの笑顔で立っていた。
「弁当持ってきた。屋上行く?」
「おう、行くか」
何気ない日常。普通の会話。だけど、翼の心の中にはわずかなざわめきがあった。
(……さっき、下駄箱の横にあった古いプリンター)
登校中、見かけた壊れたプリンターに触れたとき、右手がほんの一瞬、ピリッと反応した。
そして、金は出た。3,000円。微額ではあるが、問題はそこじゃない。
(なんか……早かった気がする)
以前は2〜3秒ほどかかっていた“現金化の反応”が、今朝は触れた瞬間だった。
「……気のせい、か?」
———
昼休み。屋上。風間と並んでコンビニのおにぎりをかじる。
「最近さ、お前ちょっと変わったよな」
「は?」
唐突な言葉に、翼が身をこわばらせる。
「いや、悪い意味じゃなくてさ。なんつーか……余裕? 出てきたっていうか」
「……そうか?」
「前は金なくて毎日カップ麺だったくせに、最近なんか財布パンパンだし」
図星だった。翼はごまかすように笑った。
「バイト、ちょっとしてるんだよ」
「え? 学校バイト禁止だぞ?」
「内緒な」
風間はそれ以上深く追及しなかった。でも、その目には少しだけ疑念が滲んでいた。
———
帰り道。学校の正門を出た瞬間、遠くから一人の女生徒が歩いてくるのが見えた。
黒髪。端正な顔立ち。まっすぐこちらを見ている。
御影 澪。クラスメイト。名前は知っている。話したことはない。
ただ、その視線が。まるで「すべてを知っている」とでも言いたげで。
(……なんだ、あいつ)
澪は何も言わず、すれ違った。そのまま背を向けて歩き去る。
翼の心に、言葉にならないざわめきが残った。
(日常は、まだ壊れていない……けど)
どこかで、何かが確かに揺らぎはじめていた。
お読みいただきありがとうございました!
今回は日常の中に潜む小さな違和感と、少しずつ動き出す人間関係を描きました。