93、予兆
あれは一体なんだったんだ。誰の声だったんだ。
いや、今はそれよりも、やるべきことがある。確認しなきゃいけないことがある。
次の瞬間、大きな揺れを感じた。そしてその直後、外で轟音が響いた。
直感でわかった。これは噴火による地殻変動だ。震源はここではない。
俺はひとまず周囲を見回し、安全を確認する。
「ミト! サクヤさん! 大丈夫ですか!」
「あ、ああ! 私は大丈夫だ!」
「わたしも大丈夫だよ。おにいちゃんも?」
「俺も何ともない。それよりも、この揺れはただごとじゃない。サクヤさんは護衛の方と王様を安全な場所へ!俺は一度上に上がって、テラスから東の空を見ます。その後、みなさんと合流しますので」
「わかった。くれぐれも気をつけてくれ」
「おにいちゃん、わたしも行く!」
俺とミトは上階に上がり、テラスから北東の空を見た。
——いや、もう見るまでもなかった。空が漆黒に染まり、多くの噴煙が東の空を覆っていた。
「おにいちゃん、これって……」
「ああ、シャロウィン山だろうな……」
「どうする? 行ってみる?」
「行って確かめるしかない。危険は承知で、行くしかない」
自然の前では人間なんて無力だが、俺が行かなきゃ誰が行くんだ——そう自分に言い聞かせる。
俺はミトを連れて、王の避難にあたっているサクヤのもとへ向かった。
「サクヤさん!」
「カナデくん! 外の様子は!」
「予想通り、空が真っ黒です。間違いなくシャロウィン山です」
王もそばで聞いている。だったら今、伝えられることをすべて伝えてしまおう。
「シャロウィン山で何か異変があったと思います。これから俺とミトで向かいます。サクヤさんもご一緒できますか?」
「ああ、最初からそのつもりだ。ここは副長に任せて、私も同行するぞ!」
「わかりました。王様、これから余震が続くと思います。さっきの揺れも、もしかしたら本震ではないかもしれません。そして魔物の軍勢が押し寄せる可能性もあります。くれぐれも避難所から出ないよう、お願いします」
「わかった。おぬしも気をつけるのだぞ。余のことなど気にせんでよい。おぬしに頼るしかないのだからな」
これまでの会議などで、俺の経験から伝えうる災害の種類や備えについて話してあった。
災害大国・日本──などという不名誉な看板はまったく嬉しくもないが、この時ばかりはその経験が役立つことをありがたく思った。
「では、行ってきます!」
俺とミト、サクヤ、そして護衛の数人でシャロウィン山へ向かう。
まずはヤトマ付近に駐留するスク・モノ部隊と合流する予定で、そこから状況を判断する。
最速のトリーマを走らせる間にも、何度も振動が起きていた。
続く噴火はまだ起きていないようだが、安心するには早すぎる。とにかく、俺たちは急いだ。
数時間後、ようやくヤトマ付近へと辿り着く。だが、スクたちが見当たらない。
合図と目印を決め、手分けして探す。
一定時間が過ぎ、俺は定められた目印の場所へ戻った。そこにはスクとモノがいて、救難車も無事なようだった。
「カナデ! 無事だったみたいだね。よかった。もうシャロウィン山に向かっていたよ」
「そっか、スクも無事でよかった。モノさんも大丈夫ですか?」
「てへへ、アタシたちは平気ですよ。さっき兵の一部隊がヤトマ村に偵察に行ってきましたけど、そこも異常はなかったみたいです〜」
この方面は大丈夫そうだな。ザナカ村やローゲも心配だが、そちらは別の部隊に任せるしかない。
「よし。では救難車は二手に分かれよ! 一部隊はヤトマ村へ! 主導部隊は我らに続け!」
サクヤが号令をかけ、すぐさま俺たちはシャロウィン山へ向かう。
昼夜問わず、全速力で駆け抜けた。
激しい雨が降ってきた。きっと噴煙による気象変化だ。
強い落雷も襲いかかってくる——それでも、俺たちは走り続けた。
(ごめんな……最後までもってくれ……)
俺が乗っているトリーマはもう限界だろう。あとで必ず、ご褒美をやらなきゃな。
冷たい雨が体温を奪っていく。きっと全員が限界に近い。でも、必死に食らいついてきている。
時折、サクヤが声をかけてくるが、俺は手信号で応える。
そうして、ようやくシャロウィン山麓に到着した。噴石による負傷者が多数いるようだ。中には……
「スク! 救護にあたってくれ!」
俺はスクとモノに救護支援を頼み、俺とミト、サクヤで現況を確認する。
「はっ! 現在は膠着状態であり、魔物の軍勢が出現するような気配はありません!」
一時的に魔物は出現したが、すぐに収まったらしい。その魔物は、おそらくこの状況で発生したものではないのだろう。
「それで、山のほうはどうなんだ?」
サクヤが報告者と話を進める間、俺は山の上の方を見上げた。
いまは山の半分あたりから上を黒い雲が覆っており、状況はまだ判然としない。
「はっ! 五合目付近の洞窟ですが、現在の状況は不明です。周囲を警戒していた兵たちも、一部を除いてすでに下山しております。おそらく、洞窟付近で爆発があったものと思われます」
やはり、あの“遺跡”と思われる場所で何かが起きたのか。ただの噴火ではない気がする。
俺たちはそのまま数時間、待機することになった。
振動がおさまり、雲が晴れるまでは、今は何も手出しができそうにない。交代で休息をとることにした。
こんな時に悠長に飯など食っていられないが、これから来る“何か”のために、体力は回復しておかなくてはならない。
時間が過ぎる。
空を覆う雲は、まるで何かを隠しているようだった。
焚き火の煙が、静かに空へと立ちのぼる。
あれほど荒れていた風も、いつの間にか止んでいた。
——まるで、嵐の目の中にいるみたいだ。
そんなときだった。
「報告します! 黒煙が晴れていく模様です!」