9、夕暮れに染まる音色
父や村人たちへの説明はなんとかできた。はからずも、まあいいタイミングでもあった。
その後母にも間接的に説明ができ、俺は一応これで肩の荷を下ろすことにした。
しかし、いくつか疑問が残った。
ひとつは「うた」がなぜさまざまな影響を及ぼすのか。
次に、ミトのうたに理由があるのか。二人だから、なのか。
もうひとつ、神様と説明したとき、村人の反応が少し微妙だったこと。
こんなところか。まあ、これらは考えても仕方ないことだ。とりあえず「そうなんだろう」としておこう。実際に試しながら、確証を得ていければいい。
「お兄ちゃん……おうた……歌っちゃいけないの?」
すがるように聞いてくるミト。
「そんなことないよ。ゆうべ父も言ってたよ。まずはちょっとずつやればいいんだよ」
範囲と効果を見極めながら、少しずつやっていくのだぞ、という父の言葉だった。
ミトには少しわかりづらいと思ったので、砕いて説明をした。
ミトがぱあっと笑顔になった。
さて、他の歌を色々教えるべきか、どうするか。
「わたしは教えてもらったおうただけでもいいよ」
そっかそっか。じゃあそれを完璧にマスターしていくとしよう。
俺は……そうだな、フルートの練習でもして、ミトの歌に伴奏でもつけてみるか。
「おーい、カナデ~、ミト~」
村人が声をかけてくる。
「ちょっと、おまえさんたちのうたを聞かせてくれねえかぁ。腰がいたくってよぉ」
「ミトちゃん、火傷しちゃったの。おうた、頼めるかしら?」
「カナデ、風邪ひいちまってよ、頼むぜ」
ここのところ、こんな感じで頼まれることが多くなった。
うーん、頼まれるのは悪い気はしないが、その度に作業が中断してしまう。
これはなんとかしないといけない、と考えていたところに、父が提案してくれた。
夕方の井戸端で歌を歌えばいいというのだ。
なるほど、それはいい。そうすれば一気にカタがつくのではないかと俺も予想した。
変化をなんとなくよく感じ取れるのが井戸端だったし。
俺は「地球での経験」があるからまあ慣れているが、聴衆の面前で歌うことは、ミトはどうだろう。
そのことを話したら少し恥ずかしがっていたが、割とノリノリだったので、やってみることにした。
そして夕刻、
俺とミトは、改まって「今から歌いますよ〜」と宣言するのもなんだか照れるので、皆が作業を終えて井戸に水を汲みにくる、一番人が集まるタイミングで『赤とんぼ』を歌った。
「ゆうや〜けこやけ〜のあかと〜ん〜ぼ〜」
「おお……」
なんとも言えない雰囲気が、その場をおおった。
涙するものもひとりふたりではなく、感情を揺さぶられるような想いがあったのだろう。
風邪や火傷に効いているのかはちょっとよくわからないが、みなそれぞれ笑顔で、温かな表情を浮かべた。
初めてのちょっとしたライブに、俺たちもほっとして、村人たちから感謝された。
単純に嬉しかった。
しかし、責任もあるよな、とも思った。
これからのことを考えてみた。
これをずっと続けていくのか。いけるのか。
ミトと俺は、いったいなんなのか。
影響は?
他の曲をやるべき?
でも、なんとなく思うことがある。
こうやって感謝され、頼りにされるのは、とても嬉しかった。
地球の頃にはとても感じなかった嬉しさがあった。