62、横ばい
いつもの教室。俺たちは新しい曲で授業をしていた。歌とピッコの練習、それに楽譜の読み書きが、いつもの内容である。
「さん、はい!」
「「「〜〜♪」」」」
今回からミトの教育指導方針で、少し難しい曲を入れていくことになった。ピアノの難易度にはいくつかの段階があるが、ミトと相談して細かくレベル分けをしてある。成長に合わせて習得できるよう工夫されているはずだ。
輪唱のような曲は比較的簡単なほうだが、ハーモニーとなると一気に難易度が上がる。俺がまずピアノで旋律を弾き、それに合わせて歌う練習をする。主旋律を歌う者たちが音に引っ張られないようにするなど、基礎の習得には工夫が必要だ。
もっと上手いやり方もあるのかもしれないが、いざ教えるとなると、これがなかなか難しい。演奏しているだけのほうがよほど楽だと感じる。
教育って、大変なんだな……。
そう痛感する日々だった。
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「カナデさま、以前お話ししていた楽器の試作品ができましたのです」
「おお、すごいですね。ちゃんと弦が張ってある」
「がんばりましたのです。でも、やっぱり張力が強すぎて、もうちょっとなのです」
以前、軽くお願いしていた弦楽器──いわゆる「ヴァイオリン」。まだまだ未完成ではあるが、それなりの形にはなっていた。弓もちゃんとできている。
「ギギ〜〜」
「わぁ、こういう音が鳴るのですね」
「ちょっと弾いてみますね」
「楽しみなのです」
「ギ〜ギギ〜ギギ〜ギギ〜〜〜」
──ヒュンッ! ガラガラ!! ドサッ!!
「あ! 大丈夫ですか、ランダさん!」
「……うう……痛いのです……ひどいのです、カナデさま……」
ランダは吹き飛ばされ、部屋の隅にあった木箱に押しつぶされていた。
またこのパターンか……。
なんだかんだで、いつもランダが不幸な目に遭っている気がする。
「ごめんなさい……いい加減、俺も学習しないとですね……」
「カナデさま……ワタシこの役目もういやなのです……」
早くこの原因を突き止めなければ、と思いつつ、ランダを起こした。
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「カナデ! 合金ができたよ! いや〜、苦労したさ〜」
イブキが汗まみれで報告してきた。
「すごいこれはもしかして……『管』ですか?」
「そうそう、これなら水を通しても錆びないっしょ」
「ということは……お湯も大丈夫ですか?」
「うーん、あんまり高温はダメなのさ。あと、不純物があるとダメかもしんないね!」
つまり、温泉の源泉を通すのはまだ難しいってことか……。
「でも、これでようやく水道を作れますね」
「水道って、つまり貯水地から水を運ぶってこと?」
「そうです。将来的には、すべての家にそれを通して、さらに下水も整備できたらいいですね」
「な〜るほど〜。そんなの、よく思いついたね〜」
「ま、まあ、いろいろ想像力だけはありますから……」
「んじゃ、これをもっと作ってみるね!」
イブキの技術力のおかげで、生活水準がまた一歩向上する。
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「ハッ!」
サクヤが、今朝から稽古を始めた。薬や痛みを和らげる音楽の効果なのか、それともサクヤ自身の体質なのか、驚異的な回復力を見せている。
「完全とは言えないが、このくらいならなんてことないぞ」
「あまり無理しないでくださいね。静養も仕事のうちですよ」
「ははは、それもそうだが……居ても立ってもいられないのだ。やられっぱなしでいられるほど、私は気長ではない」
やはり、武人として悔しい部分もあるのだろう。正体不明の魔物に、再び挑むつもりなのか……。
さすがに無謀なことはしないと思うが、なんとしても調査は進めたいところだ。
「俺も何か協力できればいいのですが……」
「以前、君とミトくんで実験していた例のアレ、改めて研究してみないか?」
「ああ、あの……サクヤさんが変貌するやつですね」
あれを実践でどう活かせるのか、まだ未知数だ。
「当時の曲を演奏したとして、それをどう制御するか。また、制御できたとして、それを戦闘にどう組み込めるか」
「それを試すのが訓練ではないか?」
「そうなんですけど……一番の問題は、また何故サクヤさんが戦闘の最前線に立つのが前提なんですか?」
「何故って、仕方ないじゃないか。私は武人であり、これが生き様なのだ」
「それ以前に……サクヤさんは、この国の王族の後継者です。しかも唯一の。もう、これ以上危険な目に遭わせるのは看過できません」
「さっき協力すると言ったじゃないか」
「そうですけど……今はまだ、その時じゃないです。もう少し情報を集めて、それから精査して、人事をしっかり考えて、体制を整えて……」
「カナデくん!!!」
(……あ、また怒らせちゃったかな? ああだこうだと理屈をこねくり回すのは、ほんと俺の悪い癖だ。でも、こういう言い合いも久しぶりだな……)
まあ、ここはひとつ、サクヤの怒った顔でも見て反省するか。
「……二人の時くらい、敬語をやめてほしいぞ……」
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──その頃、ローゲ温泉近くの森へ向かっていた調査発掘隊からの報告が、王都へ上がった──。




