60、決意
ドアをあけて部屋を出るとそこは石造りの壁の廊下で、その突き当たる前にある少し開いた扉の部屋から声が聞こえる。俺はその扉を抜けた。
そこでは王がテーブル席に座っており、大臣の一部や護衛兵がその傍に立っていた。そして、ソウリュウ、ランダ、イブキ、モノ、スクが壁際のベンチに腰掛けていた。
「カナデ、目が覚めたようじゃの」
ソウリュウが真っ先に声を俺にかける。
ランダが俺に駆け寄ってきて体を支えようとしてくれた。
「お身体は平気なのですか? カナデさま」
ランダが心配してくれている。
「……ええ、大丈夫です。首と後頭部が痛いけど、原因はわかってます」
皆が、心なしかクスクスと笑っているように見える。
「すいません、どうやら取り乱していたみたいで」
俺は頭をさげた。正直、自分がどうなっていたのかはわからないが、迷惑はかけただろう。
「ミトとぼくがカナデを見た時は、それは酷いうろたえようだったね」
とスクがミトに目配せをする。
「でもすぐに鎮めたけどね」
「あはは……なんだか情けないな……」
俺は心底自分にがっかりしていた。あのような場面では、一番ちゃんとしないといけないはずなのに。
「なにを言っておるのだ、カナデ。お主がみなを連れて駆けつけてくれたおかげで、初動は万事良好だったはずだ。それは近くにいた者たちからの証言でもわかる」
王が俺をフォローする。
そうか、ミトとモノとスクを連れていったからか。無我夢中だったけど、少しは冷静さもあったんだな。
「お主の働きで、今回の怪我人はすべて回復に向かい、死亡者も出ずに済んだ。サクヤも無事だぞ」
「そ、そうですか。それは良かった……」
なんだか、とても居心地が悪い。さっきのミトの話を思い出して、俺は少し顔を背けた。
「てへへ、カナデちゃんの指導のおかげで、消毒用の酒を作ることも出来たんです。大活躍ですよ」
とモノ。実際、俺が作り方を教えたわけではなく、80%濃度のアルコールが各種消毒に最適と言っただけだ。
「カナデがヤトマに連れてってくれたおかげで、傷薬だけじゃなく鎮静剤までできるようになったんだよ」
とスクがそういってくれた。スクがそこまで薬を生成することにも驚きだったが、それはどうしたって俺のおかげではない。
「おにいちゃん、わたしたちを引っ張ってくれてありがとうね。みんな助かったよ」
「みなの言うとおりだ。改めて、礼を言う」
俺はそこで決壊した。情けないようで、みんなの言葉があたたかくて嬉しいようで。しかもまだ迷惑をかけたと思っている自分に自信を持てなくて。
膝をついた。王に詫びた。結果が良かったとはいえ、勝手な処置をした。言葉がうまく出なかったが、ただ地面を濡らすだけよりはマシだと思い、必死に言葉を綴る。
正面から暖かい感触があった。ミトが俺の身体を抱きしめてくれた。
王は片膝をつき、俺の肩を撫でながら「よくやった」と語りかけた。
ーウインドヒル・ゼナ・カイオン王は思った。
こんな小さな双肩に、こんな年端もいかない少年に、私は何をさせているのだろうか。
目の前の少年が涙を流している。自分は何をしているのだろうかと。
こんなに苦しい思いをさせてはいけない。
王として無力を感じながらも、今後のことを考える王だったー
ーーーーー
「おにいちゃん、サクヤちゃんのところに行ってみる?」
会えるのか?
容体は今どうなっているんだろう。
サクヤだって、そんな状態で会いたくはないだろう。
「声をかけてやってくれ。カナデが行けば安心するだろう」
「わかりました。では、失礼します」
俺はミトと共に、王とみながいる部屋を出て、ミトの案内に従ってサクヤのもとへ向かう。
「失礼します」
ミトはコンコンとノックをして、部屋に入った。
ベッドの上で上体を起こし、窓の外を眺めていたサクヤの姿が目に入った。
「ああ、君たちか。入ってくれ」
サクヤの声は小さいが、いつもとあまり変わらない様子だった。しかし、頭や腕に包帯をしているし、顔にも擦り傷が多数ある。痛々しい姿ではあった。
「サクヤさん……」
ここまで言葉が出たが、二の句につながらなかった。
「私なら大丈夫だぞ、カナデくんが色々してくれたんだってな。ありがとう、助かったぞ」
俺の目がまた滲む。
「無事で本当に……よかったです」
なんとか振り絞った。
サクヤがふっと笑顔になった。
「カナデくん、近くに来てくれないか」
手を出すサクヤ。
俺は導かれるままその手をとった。
「あ……う……」
言葉にならずにいる俺の手の上に、さらにサクヤは手を重なる。
「ありがとう。君のおかげだぞ。本当にありがとう」
「いえ……そんな……」
ぽたりと、手に雫が落ちる。
「なぜそんなに涙を流すのだ。男の子だろう?」
サクヤはお姉さんぶる態度をとる。
本当に俺は、なぜこんなに涙を流しているのだろうか。
目の前で命が失われかけたあの光景。未熟だった自分の大立ち回り。自分でも情緒が不安定なのはわかる。
しかし、眼前に無事な姿のサクヤがいる。
切り替えよう。
「いえ……はい、そうですよね。しっかりしなきゃ。すいませんでした」
「謝る必要などない。私たちは君に救われたのだ。謝りなどしないでくれ」
再度、俺は姿勢を正し、顔をはたいた。
「わかりました。サクヤさん、生きて帰ってきてくれてありがとう。どうか自分を大事にしてほしい」
「あはは、ようやくそんなふうにしゃべってくれたな」
「一度はあなたの死を覚悟した。今は命があるだけで本当に嬉しい。だから俺はもう迷わない。これからは、あなたとずっと一緒にいたい」
「……うん……嬉しい……」
サクヤの頬に、光るものがつたう。
いつのまにか、ミトはいなくなっていた。