6、黒い影
ミトが急に立ち上がったかと思うと、ふらっとよろめいた。
目の焦点が合っていない。少し虚ろな様子だ。これはちょっとまずいかもしれない。
笛を吹くのをやめ、ミトの腕を掴んで名前を呼ぶ。
「ミト、大丈夫か?」
「あれ…? いま、なにを?」
一瞬の記憶が飛んでいるようだ。まだぼんやりしている。
「気分悪くないか?」 俺は軽く肩を揺らしてみた。
「う、うん、大丈夫だよ。でも、いま何があったの?」
笛を少し鳴らしただけだったが、これのせいかどうかはまだわからない。
だが、十中八九、笛が原因だろう。こんなことまだ早かったのかもしれない。
「今日は木の実を拾って、早めに帰ろうか。帰りながら歌を教えてあげるよ」
「そっか。わかった。うん、そうしよっか」
ミトは足元を確認するようにしながら、慎重に丘を降りていった。
昼過ぎ。
ミトを家に帰らせた。今日は少し心配なので、大人しくしてもらうことにする。
俺には確認したいことがあったのと、笛の調整をする必要があった。
俺は、今朝二人で作業していた丘をさらに奥へと進んだ。
この何日か、ミトに歌を教えながら一緒に歌っていて気づいたことがある。
ミトは、音程やリズムを正確にとることができる。驚くほど上手だ。
9歳にしては発音もいい気がする。センスがいい。
もしかすると、生まれ持った才能なのかもしれない。
そして、今朝作った出来損ないの笛。
あの音の揺れや不安定なピッチが、ミトの体調に影響を与えてしまった可能性がある。
それが原因で、さっきのようにふらついたのかもしれない。
となると、今まで村で起きた変化も、ただの「歌の力」だけじゃなく、正確な音程が影響している可能性がある。
そう思いたった俺は、今度は竹林へと向かった。
ちょうどいい太さの竹を選び、鉄の棒を使って細工を始める。
今度は縦笛ではなく、横笛──つまり、フルートのような形にしてみることにした。
何時間かかけて音程をできるだけ正確に調整し、試しに吹いてみる。
フルートは未経験だったが、口の形によって微妙に音が揺れる。
これは慣れるしかないな……。
「よし……これでいいか」
思わず独り言をつぶやく。
初めてにしては、なかなかの出来じゃないか?
試奏してみよう。
「ぴ〜〜ひゃらら〜〜〜♪」
まぁなんというか……日本の夏祭りで聞くような、メロディがあるようでないような即興の旋律だ。
──その時だった。
「ガササ……」
「ガサササササ……」
「ん?」
茂みが揺れた。風か? いや……。
「ガササササ…ギャアア!!!」
「うわわわあああ!!!」
突然、茂みの奥から動物が飛び出してきた。
えっ? こんな動物、この辺にいたか?
俺は目を疑った。
たぬきのような黒い毛皮の動物が3匹。
どどどどうしよう??
俺は咄嗟に持っていた笛……ではなく、鉄の棒を握りしめた。
「ええい!! ままよ!!」
初めて口にする言葉とともに、一閃。
──ドスッ!!ドスドスッ!!!!
「…………」
「……いや、これは……こいつらがついてなかったんだよな……」
自分でも驚くほどの棒さばきで、たぬき3匹を仕留めてしまった。
ただのたぬき……とは思えない。
よく見ると少し魔物っぽい。
(この世界、魔物いたの? 初耳なんだけど)
驚きつつも、せっかくの獲物だ。
食糧としてありがたくいただくことにしよう。
俺は手を合わせ、命に感謝しながら血抜きを行う。
さて、これをどう説明したものか……。
そんなことを考えながら、俺は家路についた。