4、命の恵み
俺は立ち尽くしていた。
昨日、ミトと一緒に耕したばかりの畑に、芽が出ていた。
種をまいたっけ? 誰かが気を利かせて植えてくれた?
それにしてもおかしい。昨日の今日で芽が出るはずがない。
「お兄ちゃん……これ、どういうこと?」
「いや、俺が聞きたいんだが……」
「ま、まあ……とりあえず、お水あげよっか……あはは」
ミトもさすがに驚いている。というか、戸惑っているというか。
気を取り直して、俺たちはさらに畑を広げようと、ミトとまた鼻歌を歌いながら、クワを振るう腕に精を出した。
昼過ぎ、家畜を飼っている村人から手伝いを頼まれた。
スーナ村で飼われているのは、牛、ニワトリ、羊……それに似た動物たち。
彼らは食肉用というより、わずかな乳と卵、羊毛を取るために飼われていた。
しかし、それだけのために餌を与えなければならず、飼料の消費にみな頭を悩ませていた。
それでも、少しでも卵や乳がとれるのはありがたいことだ。
「カナデ、わりいなぁ。また山にエサとってきてもらえねか?」
「大丈夫だよ、ちょうど手が空いたし、ミトと一緒に薪拾いがてら行ってくるよ」
俺たちは家畜を飼うおじさんに、餌となる木の実などの採取を依頼された。
村の裏山には、少し盛り上がった丘がある。
そこにはわずかだが、動物にとって栄養価が高そうな木の実が実っていた。
それを採りに行くのは、若い衆である俺たちの役目だった。
「〜〜♪」
ミトは今朝から、俺と一緒に『ふるさと』を歌っている。
この歌には、特別な想いが込められた言葉と、シンプルながらも切ない旋律がある。
それが日本で長く愛される理由だろう。
ミトはその歌詞の意味をどこまで理解しているのか分からないが、
確かに、わずかに感情がこもっている気がした。
歌いながら木の実や薪を拾っていると、なぜか身体が軽くなってくる。
ここ最近、よく感じる感覚だ。
今日は少し違った感じもするが……まあ、そんな日もあるだろう。
俺とミトは手を繋ぎ、収穫したものを持って村へと戻った。
「今日のエサ、なんだかオメエ、えらい大きくねえか?」
おじさんに木の実を渡したら、少しいぶかしんだ。
「えっと、そうかな? たまたま良いのが拾えたのかなぁ。いつもと変わらないよね? お兄ちゃん」
「まあいいか。わりいな、ミトちゃん」
「えへへ! お安いごようだよ!」
ミトも本当に元気になった。
もともとこんな感じだったのかな。
俺のことで心配ばかりさせていたのが申し訳なくなる。
これからは、もっと一緒にいてやれたらいい。
そんなことを思いながら、今日も井戸へ向かおうとした――その時。
「おい!カナデ!これはなんだべ!」
おじさんが急に後ろから追いかけてきた。
「うわ!どうしたの? なんか変な実でも入っちゃってた?」
「どうしたもこうしたもねえべよ! オメエ、さっき拾ってきてくれたモン、牛に食わせたら急に元気になってよ」
……ええ?? 今度は動物??
さすがにちょっとおかしい。
「急に元気にっていうか、オメエ……牛が喜んでてよぉ……」
確かに、牛の様子が変だ。いや、おかしいというより、良い風に変わっている。
目がらんらんとしているし、下手したら暴走しかねないほど機嫌がよさそうだ。
「ニワトリが卵産んだべ!」
騒動を聞きつけてやってきた奥さんが、ニワトリ小屋を見て驚いた。
「卵が五個もあるべよ。こりゃ、たまげた……」
あはは、そりゃたまげたな。俺も少し驚いた。
ちょっと落ち着いて考える必要がありそうだ。
俺とミトは、卵を二つお裾分けしてもらい、今日は帰ることにした。
「えへへ〜、得しちゃったね!!」
普段、卵なんてほとんど食べられない。いわば高級食材だ。これは父と母も喜ぶだろう。
そんな父母の笑顔を思い浮かべながら、今日も井戸で水を汲み、家へと帰った。