3、根を張る
俺とミトは朝から畑仕事に精を出していた。いつも大きなサカナが獲れるわけではない。サカナに頼りすぎても、いざ獲れなくなったときに困るだけだ。この世界にも四季があるらしく、季節ごとの作物を育てたほうが安定した食料確保につながる。
食糧問題は、どの世界でも避けては通れない課題で、この土地も例外ではなく、むしろ不作が続いているぶん、状況は厳しい。村人たちは工夫しながら何とか暮らしているが、それでも日々の食事は決して豊かとは言えない。
「か〜え〜る〜の〜う〜た〜が〜♪」
「か〜え〜る〜の〜う〜た〜が〜♪」
俺とミトはクワを振るいながら、「かえるのうた」を輪唱していた。俺が歌い出し、それを追いかけるようにミトが続く。
この歌の特徴は、同じメロディをずらして重ねることと、ハモる部分があることだ。単純そうに聞こえるが、意外と難しい。だが、ミトはすぐに覚えてしまった。
「お兄ちゃん、この歌、面白いね!なんだかこう、身体が勝手に動く気がする!」
「そうだね。こういう歌は、よいしょよいしょってやるのがいい」
ミトはクワを振るう手を止め、少し考え込むような表情をした。そして再び歌いながら、今度はクワの動きを歌のリズムに合わせてみる。
「ほんとだ! なんかいいかんじ!」
「でしょ?」
この調子で、いろんな作物を育てられる畑を増やそう。どうせなら、広い畑を作って一度にたくさん収穫できるようにしたほうが効率がいい。
まあ、作物っていうのは天からの恵みみたいなものだ。俺たちがどれだけ頑張っても、最終的には天候次第だし、土の質にも左右される。だからこそ、気長にやるしかない。
「さて、何を植えようかな……」
フカフカになった土を見ながら、俺は少しだけ未来のことを考えた。
ーーーーー
夕方、村人たちはいつものように井戸の周りに集まっていた。
俺とミトも水汲みの順番待ちをしながら、ハミングで「赤とんぼ」を歌う。
井戸端では、村人たちが世間話をしている。いつもの光景だが、最近の会話の内容には少し変化があった。
「最近なんだか、疲れを感じねえべ」
「おめえもか?オラもだべ」
「感じないというか、むしろ疲れが取れるっていうか」
「そういえば、今日はサカナ獲れなかったべ。こないだのは何だったんだべ?」
村人たちは口々に最近の変化を語り合っていた。そういえば、村全体の雰囲気が前よりも明るくなった気がする。
俺がこの世界に来てから、ずっと感じていたどんよりとした空気が、少しずつ和らいでいる。
普段なら毎日が食料確保との戦いだった。一日に二食食べられればいいほうで、腹を空かせて寝ることも珍しくなかった。
それが、ここ数日は何となく違う。あのサカナの事件以来、村人たちは魚や作物をたくさん獲れる方法について話し合うようになり、みんなが積極的に知恵を出し合っている。
「ふんふんふ〜ん♪」
ミトもご機嫌だ。俺がここに来てから、ずっと心配ばかりかけていたからな。こうして楽しそうにしているのを見ると、少し安心する。
それにしても、この村の人たちは訛りが強い。俺も合わせたほうがいいのかな。
「カナデ、はよ水くんでくれ」
後ろに並んでいた村人に催促され、俺はハッと我に返る。
「あっと、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてたよ」
「カナデも元気になってよかったべ。べザもアメも、すんげえ心配してたからな」
べザとアメ――こちらの世界での俺の父母だ。本当に優しく、温かい二人。
異世界に転生してしまったことに戸惑い続けていた俺が、唯一「よかった」と思えたのは、この家族に出会えたことだった。
俺は井戸から汲み上げた水の冷たさを感じながら、また今日も、帰路についた。