29、呼び声
「「「「またあいつだあああああ」」」」
その場にいる全員が、その姿に圧倒された。
「ボウズ」と呼ばれたその生き物は、俺がかつて地球にいた頃、よく見た生物にそっくりだった。しかも、その生き物よりも100倍はデカい。
「あれがボウズだよ。ウミボウズだ」
(正式名称はウミボウズらしい)
バッシャンバッシャンと海水を巻き上げながら暴れている。
「あれは魔物ですか!?」
「わがんねえ、とにかく海を荒らしやがるんだ!」
「カナデくん、これは危ないぞ。さがろう!」
俺たちはウミボウズの怒り狂った姿を見て、いったん引き下がることにした。
漁師のおじさんたちに案内された先は、漁場と市場が併設されたひとつの村。そこでは集会所に周辺の人々が集まり、話を伺うことになった。
俺たちは旅の目的や行き先、歌の効果、これまでの活動内容などを事細かに説明した。すると、この地域にも独特の訛りがあることが分かった。今までにない、朗らかな感じだ。
「なるほどのう……そんなことがあるもんかね」
俺たちは聞き慣れた反応を一通り受け入れた後、改めてウミボウズについて説明を聞いた。
「具体的にはなにか良くないことは起きてないんですか?」
「まあ、漁にいけねえことぐらいかな? ただでさえ獲れねえ魚が、よけいとれねえんだ」
しかし、それ以外は特に不都合はないらしい。大しけにはなるが、津波が来るわけでもなく、船を壊されるわけでもないとのことだ。
「おめえさんたちの、その『うた』ってやつで、ヤツをなんとか手懐けられねえかな? おめえたちが乗ってたあのトリみたいによ」
うーん、と俺たちは唸った。かつてあんなに大きな魔物に出会ったことはなかったからだ。
サクヤですら、難しい顔をしている。サクヤの場合、狩れるか狩れないかの判断基準だろう。とても一人、いや、人間が狩れる代物ではなかった。
ミトはというと、俺の方を見つめ、何か言いたげだった。
「なにかあるかい?」と尋ねると、「やってみようよ」とのことだった。
まあ、やらないよりはやる方が早い。歌う歌と演奏をどうするかだけ決め、もう一度先ほどの漁港に向かった。
ウミボウズは頭のてっぺんだけを水面から出していた。
俺とミトは少し前に出て、やはり漁村の方々には後ろに下がってもらい、その間にサクヤと護衛の人たちに間を取ってもらった。
そして、俺たちはかつて初めの村の祭りで演奏したような「祭りの調べ」を演奏し始めた。
ミトは太鼓を叩きながら、それほど大きくない歌声で、ハミングのように美しく歌った。
その時、
「ゴゴゴゴゴゴ」
「ドドドドドド」
「ザッパアアアン」
ウミボウズが現れた。
さっきと違ったのは、暴れず、静かに全容を現したことだ。
どうする、やめるか。いや、このまま演奏を続けて様子を伺おう。ちらっと後ろを見ると、サクヤと護衛が臨戦体制をとっている。村人はみな高台に下がった。
このまま続けて大丈夫だろうか。そう思ったとき、信じられない声が聞こえた。
「人間よ」
思わず演奏をやめてしまった。ミトはというと、俺ですら目を疑ったが、笑っていた。
「人間よ」
「はい」
とミトが返事をする。
「おぬしは人間か」
「そうだよ」
「恐れぬのか」
「怖いってこと? 怖くないよ」
「なぜだ。我の声を聞くだけでなく恐れぬとは」
「わかるよ。ウミボウズさん、悲しいんだね」
「なにをいう」
「いいんだよ」
俺はしばらく目を見開いていた。ハッと正気を取り戻し、ミトを見た。相変わらず微笑んでいる。少し悲しそうな、でも優しい笑顔だった。
サクヤはというと、やはり膝をついて驚いている。護衛の方たちは、何が起こっているか分かっていないようだ。
「いまみんなはどうしてるの?」
「みんな? ああ、みな消えた。我だけ残った。むざむざと残ってしまった」
みんな? なんのことだ。
「我はもう、何をすれば良いかわからぬ」
「わかったよ。わたしが何とかしてあげる」
ミトが一歩前へ出た。まずい。
俺はミトの肩をつかみ、体を揺らした。
「おいミト! しっかりしろ!」
「え? あ……わたしまた何か……あった?」
はぁ……。以前もこんな感じあったな。
ウミボウズは海へと引き返し、俺たちも一度漁村へ戻ることにした。




