12、父の説得
翌日、俺とミトはいつも通り畑で作業していた。
昨日あんなことがあったので、今日は少し小声で歌っている。
今は耕す作業ではなく、収穫が忙しいため、新しく教えた歌「もみじ」を歌いながら作業している。
「お兄ちゃん、新しいおうた、すごく素敵なおうただね」
「そうでしょ。きっとこの歌は、山と木と季節を感じながら作られたんだよ」
「そっかぁ、あのお山にも『もみじ』? あるかなぁ」
「そろそろ寒くなるからね。そのうち、山の色も変わるよ」
なんて話しながら歌い、作業を続けると、まるで作物も喜んでいるかのように、みずみずしい野菜や果物が実った。
村のみんなも喜んでくれるだろう。さて、昨日の今日でどうなることやら……。
「でへへへ、カナデ、わりいなぁ昨日は」
「え?? あ、いえ、別に。俺も何も分かってなかったとはいえ、いきなり新しいことしちゃって、すいません」
どうやら、父が開いた村人臨時総会で、ある程度みんな納得し、誤解は解けたようだ。
それにしても、父が間に入ってくれるだけで、こんなに素直に納得しちゃうの? なんなの?
「そっか? そりゃ悪いな。みんなカナデとミトに謝りたがっててよぉ」
「んだ。ほんに悪いことしたべ」
「ミトちゃん、疑ってごめんね? おばさんのこと、許しておくれ……」
なんだかかわいそうになってきたな。
俺とミトは「全然そんなことないから、今まで通り接してくれて、歌を聞いてくれるだけで俺たちは嬉しい」とだけ伝えて、その場はなんとか皆を宥めた。
せっかく、俺たちの歌が役に立っているんだ。このまま、何かしら村のために働いていきたい。
しかしだ、ピッコ(仮)はどうしようか。父はなにかいい案を出してくれるだろうか。
そんなことを考えながら、俺たちはまた村を歌って巡り、夕方にはいつものように二人で『赤とんぼ』を歌い、その日は終わった。
ある日、
父が俺とミトを裏山の丘に呼び寄せた。
「さて、ここ数日で私が考えたことを言おう。そして、試してみたいことがある」
父はとても改まった口調で告げた。俺とミトは自然と背筋が伸びた。
「二人には、まずあの日夕方に披露したことと同じことをやってもらいたい」
あの日というのは、村人がひっくり返った時のことだろう。
大丈夫だろうか。
「私のことなら大丈夫だよ。たぶんね。心の準備はできているからね」
父が「たぶんね」というのも珍しい気がする。少し軽率に聞こえるが……まあ、大丈夫というのだから、やってみよう。
それでは、ミトに合図をして、せえので演奏開始。
ミトが歌い出してから、俺がピッコを吹いた。
「おお……うっ……」
「だ、大丈夫ですか? やめましょうか?」と言いかけたが、父は続けるように促した。
少し心配だが、そのまま続けることにした。
結果は…
「ふぅ……なんとか持ちこたえたね。よし、では、思ったことを言おう」
父が少し襟を直すような仕草をして、息を吸い込んでからこう言った。
「すごく強いなにかを感じるね。あの日ほどの衝撃はなかったけど、きっとあの日よりも慎重だったからかもしれない。まだはっきりとは分からないけどね」
「強い何か……なんでしょうか? 何か変わったことはありますか?」
「まだ、言葉にできるほどのものではないけど、一つわかったのは、今まで以上に力が湧いてくるんだ。こうやって立っているだけで、ふつふつと込み上げてくるよ」
「それは、やっぱり作物や家畜に対してでしょうか?」
「それだけではないと思うな。おそらく土地そのものに影響があると思う」
なるほど、それはわかりやすい。あの日、みんながひっくり返ったのもそのせいだ。
この演奏法が何か、はっきりとは分からないけど、たぶん地面になにか効果があったのかもしれない。
「土地、ですか。そうだとしたら、どのくらいの効果があるのですかね。範囲とか、時間とか」
土地自体に影響があるのなら、作物に一番それが強く現れているのも納得できる。
何せ、歌い出してから土の状態が良くなり、生育も早くなっているんだから。
「どのくらいかはまだわからないよ。でも、悪い結果ではないことは確かだ」
「じゃあ、このおうたと、お兄ちゃんのピッコはどうすればいい? おとうさん」
ミトが、どうしたいか早く知りたそうにしている。
何せ、歌を覚えることと、皆の役に立つことが、今は嬉しくてしょうがないんだから。
「今日の夕方、井戸端でやってみても大丈夫だよ。お父さんもそばにいるから、やってみよう」
「ほんと!? やったぁ!! お兄ちゃん、やっていいって!!」
ミトは俺の腕をつかんで、ブンブンと振り回す。本当に嬉しそうだ。
少し不安はあるけど、父が言うんだ。たぶん間違いなく大丈夫だろう。
その日の夕方、
「おい……だいじょぶだべか……おら、けえろうかな」
「何言ってんのアンタ。べザさんがいるんだから、だいじょうだよ」
「カナデぇ、本当に平気なんだろうなぁ?」
村のほとんどの人が集まるこの井戸端。いつもの井戸端会議もなりをひそめ、みんな俺たちの方を見つめている。
(お兄ちゃん、みんなの目が怖いよ?)
(き、気のせいだよ。かあさんも見てるだろ、大丈夫だよ)
ミトの不安をかき消そうとするが、俺も足がワナワナして、生まれたてのキリンみたいになっている。
「みなさん、これからカナデとミトが歌を歌います。いつも通り聴いていただきたいと思います」
父が前説をしてくれた。余計に緊張するが、やってみよう。いくぞ、ミト。
少し深呼吸して、俺とミトはあの日やったことと同じように、『赤とんぼ そしてピッコ』を披露した。
「うっ!」
「あうっ!」
だ、大丈夫か? 村人たちの様子が変わった。苦しそうではないが、やっぱりいつもとは違う。
ちらっと父の方を見ると、軽くうなずいていた。大丈夫だろう、続けよう。
「ううぅぅ……はぁぁ」
「ひぃぃ……うん?」
「おっとっとっと……って、あれ。勝手に足が……」
様子が変わった。そして、俺たちの歌は最後まで歌い終えた。
「おお……これはなんだか……いつものうたより、力が湧いてくるべ」
「んだな。なんだか、もう一仕事できそうだな」
「アタイも早く夕飯つくんなきゃ!」
みんなおおむね予想通りの反応だった。ミトもニコニコして嬉しそうだ。
父と母もこちらを見て頷いている。結果は、良かったようだ。
今夜は今日の結果と、これからなにをするかの会議になりそうだ。
まだまだやることや、話し合うことはたくさんあるだろう。
楽しみでもあり、ちょっとした不安もあったりする。