110、柳に風
螺旋の足場を駆け上がっていく最中、無数の魔物が襲いかかってくる。だが、サクヤの怒涛の勢いに任せて、まるで蚊を蹴散らすように薙ぎ払って進んでいく。
俺たちはようやく、先ほど下から見えた踊り場の手前にたどり着いた。そこには傷ついた兵士たちが山のように倒れており、残っている数名がピッコなどの小さな楽器で『眠りの歌』を奏で、なんとか凌いでいる状態だった。
俺たちは手前と奥にいる魔物を打ち払い、サクヤたちがその傷ついた兵士たちを抱き起こした。
「おまえたち! しっかりするのだ!」
「サ……サクヤ様……申し訳ございません……」
「謝罪など……いいのだ……! しっかりしろ! おまえたちは我らの精鋭部隊であろう!」
「サクヤ様……愚かなことをしました……私どもは……サクヤ様の諫言を聞かず……」
「ああ……お前たちは愚かだ……! スクくん! 早くこの者たちの治療を!」
「サクヤ様……あなたのもとで……お仕えできて……光栄でありまし……た……」
「おい! まだやることはあるんだぞ! 生きろ! お前たちは私の……!」
サクヤは言葉を失った。
俺たちは治癒の歌を演奏し、モノとスクはまだ息のある者たちを治療して回った。
「サクヤちゃん……」
「……」
サクヤは答えなかった。
手を合わせて死者を弔う。俺たちもそれに倣い、黙祷を捧げた。
「サクヤさん、ここは一旦引きましょう。情報を精査して、また——」
「いいや……私はここの魔物を『全滅』させる」
「サクヤさん、気持ちはわかりますが、まずは隊を立て直しましょう」
「ミトくん。【神剣共歌】『混沌≪≫月風』だ」
「サクヤちゃん!? 無理だよ、楽器が足りないよ!」
「できる限りで構わないのだ。出せるだけ力を……出す!」
そう言い切ったサクヤは天へと駆け上がり、上空で光となった。
「しかたない……行こう、ミト」
「そうだね……うん、 じゃあ行くよ! 【神剣共歌】『混沌≪≫月風』」
ミトが詠唱を始め、俺たちはそれに呼応。サクヤが上空で共鳴した。
上空から眩い放射状の光線が放たれ、その一筋一筋がまるで風の刃のように鋭く、周囲の魔物を切り裂いていった。
その凄まじい威力と衝撃波の渦に、俺たちは巻き込まれそうになる。
精鋭部隊が円陣を組み、踏みとどまったあと、そのまま残った魔物を蹴散らしていった。
『塔』の魔物は瞬時に壊滅し、俺たちは束の間の息をついた。
だが上空のサクヤに声をかけても、そのまま彼女は塔の頂上を目指して飛翔していった。
「あのまま放っておいたらまずい。行こう」
先遣隊が先を走り、その後を俺とミトたちが続く。
どのくらい走っただろうか——息を吐く暇もなく、ひたすらに駆け上がっていった。
ようやくたどり着いた先には、頂上と思われる場所が広がっていた。
そこは雲海を見下ろすような、大きく開けた平坦な空間だった。
地に足がつかないような感覚が俺たちの足元を襲い、膝が震える。
一瞬の油断で吹き飛ばされそうなほど、風が吹き荒れている。
その極限の空間に、サクヤは片膝をつきながら、ただ一人、対峙していた。
サクヤの向こう側には——
雷を伴った暴風と共に、彼女に立ちはだかる巨大な『獣』のような存在がいた。
その『獣』は微動だにせず、ただ俺たちに何かを伝えようとしているように見えた。
「サクヤさん、大丈夫ですか」
俺は動けなくなっていたサクヤに近づき、声をかける。
「ああ……しかし、なにも出来ずにこの有様だ……」
サクヤをよく見ると、無数の鋭利な傷が刻まれていた。
電撃を受けたような痕もある。このままでは敗血症を起こし、身体が内側から蝕まれてしまう。
いったんサクヤを退かせ、モノとスクに手当を任せ、俺はその『獣』の前に立った。
だが、やはりその『獣』はただ静かに佇んでいた。
何も語らず、何も動かず——それでいて、何者も寄せつけない。
俺は接近を試みようとしたが、これはだめだと判断した。
その者もこちらに何かを訴えかけてくる様子はなく、ただ、暗に我々を遠ざけようとしているように見えた。
俺たちは無謀な勇気を振りかざさず、そのまま来た道を引き返した。
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その後、地に降り立ち、一つ手前の仮拠点で各自が手当を受けたり、犠牲となった兵士たちを運んだりしていた。
手の空いた者たちは、塔に描かれていた古代文字を写し取っていた。
「サクヤちゃん、あまり無茶しないでね」
ミトがサクヤを諌めるように、励ました。
「ああ、すまない。ついカッとなってしまった」
サクヤもどうやら、平静を取り戻したようだった。
だがこのままここに留まっても、不覚を取ったままでは立て直しようがない。
心残りを胸に、俺たちは王都へと帰還することになった。
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王宮へ戻り、報告のために謁見の間へ向かった。
そして、そこには先に待つ者たちがいた。
「帰ったようじゃな」
ソウリュウがいた。なぜソウリュウがここに? そして、その横には——
「よう、ひさしぶりじゃねえか、姫様」
「ああ! ヴァレリオン殿! ご無沙汰しております!」
サクヤはとても驚いていた。そして駆け寄る。
ヴァレリオン? あ、もしかして……サクヤと王が言っていた『先代王の師範』とかいう人?
行方不明だったはずでは——?
と、思いを巡らせていたそのとき。
その横顔を見て、俺はさらに驚愕した。
「あなたは……!」