11、衝撃
「「「「うわあああ!!!」」」」
村人一同、大袈裟にひっくり返った。まるで、風に吹き飛ばされるかのように、ブワッと。なにかの衝撃や突風が吹いたわけでもないのに、皆ひっくり返り、尻餅をついたり足を天に投げ飛ばしている。
「あいててて……カナデオメエ……なにしたんだべ……」
「あれ、アタシ……なにを……?」
「……(星が頭の上でまわってる)」
俺たち自身も、なにが起こったのかわからない。とりあえず演奏はやめ、転がっている村人のもとへ向かい、一人ひとり起こして回る。酷い怪我をするわけでもなく、むしろ皆ピンピンしている。
そして、一旦落ち着いてから、今起こったことを考える。
普段通り、ミトが『赤とんぼ』を歌った。
いつもと違うのは、俺が自作フルートでミトの歌に違う旋律を加えたことだけ。
たったこれだけしかないのか? なにか他にあるのか?
「おいカナデてめえ……なにか魔法つかいやがったな?」
「いやいやいや! 使えませんって! 使ったことないよ!」
「そんなこと言ってオメエ、実は隠し持っていたんだべ」
「ほんと誤解だって!『火の玉』ほら出ないでしょ?」
「ミトちゃん……あなたもなにか隠してるわね?」
「なにもしてないよう。私とお兄ちゃん、なにかしたの?」
逆に聞いてきてすごく困ってるミトを擁護しようと前に出ると、村人はさらに詰め寄ってくる。
「そうかわかったぞ。今まで村でなにか起こってたのは、てめえの魔法だな?」
もうまったく信じてくれない。どうしよう。と、その時に助け舟を出してくれた人がいた。
「皆さん、カナデは魔法は使えませんよ」
父がようやく来てくれた。待ちましたよ。
「べザ、かばってもいいことねえべよ」
「そうだそうだ、カナデとミトがなにかやったことは明らかなんだ」
「アタシは……信じてやりたいけど……べザさん、これはどういうことだろうね」
皆、父がわって入ると、それぞれ複雑な思いを伝える。
「今言った通りです。カナデとミトに魔法の適正は全くありません。私も確認済みです」
「じゃあ今起こったことを説明してくれねか? あいつらの歌が始まった瞬間、なんかなったべ」
動物飼いのおじさんが代表して、父と話し始める。
「今はわかりません。カナデとミトも困惑してるようですし、ここは一旦これで納得してもらえませんか? 今夜、2人と話をして、また明日皆さんにご説明します」
父はあくまで冷静に話を進めた。
皆、口々に「わかった」と言ってその場を離れた。今日はお説教なのかな? 俺たち?
そしてその夜。
「じゃあ今日起こったことは、それだけなんだね?」と、父。
「はい。本当に特に変わったことはしていません。ただ」
「その自作の笛、それが原因なのかな?」
「これが……全てかはわかりませんが、ミトの歌はいつも通りです。その歌に、この笛で違う音をつけただけです」
ごくごく普通の技法なんだけどな。
「笛……名前はあるの?」
母アメは気になったらしい。
「名前はありません。一応、つけるとしたら……『ピッコ』ではどうですか?」
「あら、かわいい。素敵な名前ね。ピッコ、いい響きだわ」
フルートというよりピッコロに近い大きさなので、こちらの言語で発音しやすいように「ピッコ」とアレンジしてみた。
それにしても、母はなぜ名前を気にしたんだろう?
「ではその楽器、というのかな? それを『ピッコ』と名付けよう。それで、そのピッコはカナデがつくったのかい?」
父は話が早い人だ。すぐに理解し、納得して話を進めてくれる。
「はい、裏山の丘の奥にある竹林の竹で、何日かかけて作りました。実はそこでタヌーとも遭遇してます」
「なるほど、もしかしたらそのピッコの音を聞いてタヌーが寄ってきたんだね。他の日もそういうのはあったかい?」
タヌーの肉にありつけたあの日以外は、この笛の音に反応はしたけど、あの日みたいに襲うような感じはなかった。むしろ、なんとなく警戒心自体がなかったような。
「なかったです。どっちかというと、機嫌よさそうでした」
「ちなみに、それは『完成』してるのかい?」
「してます。何度か試しに吹きましたが、気持ち悪い感じはしませんでした」
楽器というのは、ちょっと調子が狂うと精神にも影響するからな。 一番大事な部分だ。
「わかった。では、小さな音で、ちょっと音を出してもらってもいいかな?」
「わかりました。では、さっきミトと歌ったものではなく、俺の作った『曲』を吹きます」
あえて『曲』という言葉を使った。そろそろ概念が欲しい。これから説明が必要なんだ。
用語を作っていかなくてはならない。そして、なぜ自作なのか。
それはひとつ、思ったことがあるからだ。
「ぴ〜〜ひゃらら〜〜♪」
このあいだ吹いてみた、日本でいう「夏祭り」的な音階。
メロディもあるようでないような、不思議な雰囲気のする曲だ。
「ほう……」
「まあ……」
「わあ……」
それぞれが、ため息混じりに声をもらしている。
なんとなくだけど、顔がぽっとしていて、気分もよさそうだ。
お酒に酔ってる感じ、とでも言えばいいかな?
この曲は、以前不安定な笛で試した時にタヌーが襲ってきたときと同じ曲だ。
その時立てた仮説「正確な音程」を目指し、そして今実現してみたのだ。
その結果、タヌーみたいに両親とミトが襲ってくるわけでもなく、むしろ気分よくさせている。
「ふむ……これはなんというか、さっきの広場で起きたこととは全く違うね」
「そうだね、このおうたはすごくいい感じだよ」
ミトは少し気だるそうにしていた。初めての感覚なんだろう。
「よし。今日はここまでにしよう。お母さんとミトがもう眠そうだ。今夜話したことは明日、村のみんなに私から話しておくよ。それでいいね?」
「はい、ありがとうございます。すいません、なんだか変なことになってしまって」
「カナデが気にすることはないよ。それよりも、それをどうするか、ミトと歌うことをどうするか。明日以降、また考えよう」
父は前向きに、そして思慮深く考えてくれている。
明日からどうしよう。日常に戻れるのはいつになるのか、久しぶりに見慣れぬ天井を眺めながら思った。