第五話 貴族令嬢と士官への第一歩
今日は更新間に合いました!
長い白髪を揺らしながら、マリンブルーの瞳を持つ少女が優雅な足取りでこちらへと歩み寄ってきた。
「少し抜けているから困ったものね。そうは思わない?」
その声音にはどこか余裕があり、まるで当然のように会話を持ちかけてきた。
長い白髪に整った面立ち、立ち居振る舞いから見ても、しっかりとした英才教育を受けてきたことが伺える。
そして何より、この学園で護衛を連れているということは……
(貴族か)
「そのようですね」
言葉数を抑え、慎重に言葉を選ぶ。
些細な言動で余計なやっかみを受けないよう、最低限の礼節を守りつつも、気持ち高めの声音で応答する。
「そんなに畏まらないでください。ルウとは友人になったのでしょう?」
彼女の視線は穏やかで、貴族特有の高圧的な態度は見受けられない。
どうやら、友人の友人として、一定の距離感を持った交流を望んでいるらしい。
「では、お言葉に甘えて。俺は、いえ、自分はアルカディア・グラディウスと言います。ルウとは先程友人になりました」
俺が名乗ると、彼女は小さく頷き、ようやく自身の名を告げる。
「そう。私はアリシャ・ヴァン・ヴァイスと申します。そして、こちらのナナとルウは私の従者よ」
ナナと呼ばれた護衛の女性は一礼し、ルウはいつもの調子で笑顔を見せながら軽く手を上げる。
(ルウが貴族の従者だったとはな)
少し意外ではあったが、それも納得だ。
無鉄砲でありながらも礼儀は心得ているところを見るに、長く仕えているのだろう。
「では」
一応の挨拶を終えたことで、俺は教室へ入るべく向きを変える。
だが、そんな俺を呼び止める声が響いた。
「そうだ! お嬢、今日の午後はアルと話とかしたいので自由にしていいですか?」
(何を言ってるんだ、あいつは……)
俺も当事者の一人である以上、その話題を無視するわけにもいかず、足を止めて振り返る。
「それはダメだ! アリシャ様は本日午後、セレナ殿下のお茶会に参加する予定が入っている。行動を慎め」
アリシャが答える前に、ナナが強めの口調でルウを制止する。
「そういうことだから、今日は諦めてください、ルウ」
アリシャもルウに向き直り、穏やかに告げる。
「そっか! なら仕方ないな……すまん、アル、また明日だな!」
ルウはあっさりと納得し、俺に向かってニッコリと笑ってみせた。
俺も軽く微笑みながら手を上げて応じると、そのまま教室へと入る。
教室に入ると、広々とした室内が目に入る。
黒板の前には巨大な教卓が置かれ、窓際には腰の高さほどの本棚が並ぶ。
さらにその上には天井付近まである窓が設けられ、陽光が差し込んでいた。
天井の照明と相まって、室内は十分に明るい。
扉の横には階段があり、ここから二階席にも行けるようだ。
だが、俺の席は一階にあるため、黒板に記された自分の名を確認し、指定の席へと向かう。
窓際の中央席――可もなく不可もない、普通の席だ。
座ってみると、机も椅子も質が良く、座り心地は悪くない。
机の下には収納スペースが設けられており、そこに学園指定のバッグを置く。
「ふぅ……」
帝国士官への道に足を踏み入れたものの、こうしてみると普通の学舎と大差ない。
「席につけ、手短に済ませる。」
教室に入ってくるなり、スラスラと言葉を投げかけて来た女性。
「私はカエルデ・マルプルだ。これより三年間、お前らの監督教官、つまりは担任だ。」
どうやらカエルデ先生が俺たちの担任となられたそうだ。
暗紅色の髪を後ろでまとめており、顔立ちも年がいくつか知らないが、要素年齢より若く見える。強いて言うなら目つきが鋭いためか、キツそうな印象を受ける。
カリキュラムや連絡事項等が淡々と説明された。
授業の概要や学院の歴史、基本的な規則、寮での生活についての説明が行われ、本日は1時間ほどで終了となった。
「以上だ。明日より授業は始まる、今日渡した書類等に目を通しておく様に」
(明日から本格的に授業が始まるのか)
学ぶべき事柄は多いが、細かい部分については各自に配布された冊子を読めば把握できるだろう。
放課後、特にやることもないので、自分の寮の部屋へ向かうことにする。
イースト寮は教室棟と直結しており、内部でそのまま移動が可能となっていた。
資料が入ったことで多少重量が増した鞄を持ち、廊下を進む。
途中、多くの新入生が同じ方向へ向かっていることに気づいた。
(渋滞……? いや、違うな)
前方で立ち止まっているグループがいるらしく、それに影響されて列が詰まっているようだった。
迷惑ではあるが、別の道を選ぶと遠回りになる。
時間には余裕があるので、流れに逆らわず、このまま進むことにする。
やがて寮の部屋へ到着し、入室。
各自に割り当てられた個室は、帝立学院らしく十分に広く、設備も整っていた。
帝国が未来の魔導士官を育成するために作った学び舎。
その環境は、当然ながら一般的な学園とは一線を画すものだった。
帝立魔導士官学院は魔導士の育成機関であり、魔法という貴重な才を有した若者が未来の帝国を支えるべく、日々研鑽を積む場である。
この学院へ入学を許される者は、すでに一定の能力を認められた者たちばかり。
イースト寮の一階にいた生徒たちも、才能の片鱗を見せる者が多かった。
そして教室の二階席に座っていた者たちは、幼い頃より王侯貴族として英才教育を受けてきたであろう、すでに開花し始めた才ある者たちだった。
(この環境で、俺はどこまでやれるのか……)
考えながら、寝床に横になる。
しばしの休息を取る中で、帝立学院での生活が本格的に始まるのだという実感が、少しずつ湧いてきた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もう一話頑張って投稿して見せます