第三話 帝立魔導士官学校の門をくぐる者たち
帝国――それは遥か昔、この大陸に人類の天敵たる魔族が跋扈する戦乱の時代を生き延び、今もなお権威と武威を持って君臨する国家。その権威は代々の皇帝が帝国を支配したことに由来し、その武威は代々の皇帝が超戦力を保有していたことに支えられている。
優秀な者たちを揃え、何にも負けない帝国を永遠に続かせるため、若き者たちは今日も切磋琢磨し、己が帝国のために邁進する。
帝立魔導士官学校――それは帝国が誇る五つの帝立教育機関のうちの一つであり、魔導士官の養成を目的とする名門校である。
この門をくぐる者は、総じて優秀と認められた者たちであり、実力主義の帝国にふさわしい環境でさらなる研鑽を積むことになる。
本日は帝立魔導士官学校の入学式。
帝国の旧領地から移植された桜の木々が並ぶ道を、多くの新入生たちが通っていく。桜は風に揺れ、花びらを舞い散らせながら、新たな学び舎へと歩む者たちを迎えていた。
白銀の髪をなびかせながら、俺――アルカディア・グラディウスは、その風景を見上げる。
「き、綺麗ですよね。『櫻』っていう昔、帝国領だった島が原産らしいですよ」
そう話しかけてきたのは、水色の髪をおさげに結い、眼鏡をかけた少女だった。
「ああ、角度によって色を変えるから、見ていて飽きないな」
「あっ、知っていたんですね。……えーと、私はサラ・ポートです。一年生です。…あなたは?」
「俺はアルカディア・グラディウス、君と同じ一年生だ」
出会いの挨拶を交わしつつ、俺たちは並木道を抜け、噴水広場を通り、巨大な城と見紛う校舎へと進む。
「す、すごいね……ここ、本当に学校なのかなって疑っちゃうよ」
「ああ、俺もそう思う」
荘厳なエントランスホールには多数の新入生たちが談笑し、友人を作るために積極的に行動していた。
まずは寮の鍵を受け取るため、受付に向かう。
「ご入学おめでとうございます、アルカディア・グラディウス君。あなたはイースト寮への入寮です。これより四年間、献身し、邁進し、帝国のために成長する様、頑張ってください」
ここ帝立魔導士士官学院は四年制であり、各学年は東西南北の寮に分けられている。寮同士で総合成績を競い合い、連帯責任の中で競争心を煽るシステムだ。
鍵を受け取り、手続きを済ませると、サラ・ポートは遠くで友人らしき少女と話していた。
特に合流する必要もないと判断し、俺は周囲を見渡す。
広いエントランスでは、多くの新入生たちがグループを作り、未来の学院生活について語り合っていた。
それぞれが笑顔を浮かべ、親交を深める光景を眺めながら、ふと気づく。
……俺、一人だな。
孤独なスタートと、最初の出会い
「さて、本来ならこの入学初日こそ互いに知らない身同士であり、最大の友人関係構築の好機なのだが……」
フロントから少し離れた場所で周囲を確認する。
誰もが誰かと話し、グループを作っているが、俺は例外のようだった。
(おかしいな……顔も体躯もそれなりに整っているし、清潔感にも気を遣っている。近寄りがたい人柄には思われないはずなのだが……)
周囲からの視線は感じる。しかし、こちらが目を合わせようとすると、すぐに逸らされる。
(……何が原因なんだ?)
ともかく、待っていても仕方がない。ならば、こちらから積極的に行動を起こし、友好的な印象を与え、接しやすいように動くべきだ。
意を決し、ラウンジで談笑するグループに接触を試みようと振り向いた――その瞬間。
ドンッ!
誰かとぶつかってしまった。
「ああ、すまない。俺はアルカデ――」
「チッ、貴様、よくもこの僕に尻餅を突かせたな。」
俺の目の前には、テカテカの茶髪、小さな瞳、そしてかなり肥満体型の少年がいた。
「悪い、不注意だった。俺はアルカデ――」
「どけ、三下」
話す暇もなく、彼は苛立った様子で書類提出へと向かってしまった。
(……難しいな)
気を取り直し、再度挑戦しようとしたが、周囲の視線がさらに冷たくなっているのを感じる。
どうやら、さっきの小競り合いを見て、「面倒な奴と関わるのはやめよう」と思われたようだ。
「はぁ……もう教室へ行くか」
新たな出会いと、希望の兆し
エントランスホールを抜け、昇降機エリアへ向かう。
上層階へ行くため、ボタンを押し、待つ。
(それにしても……この学園、贅沢すぎるな)
そう思いながら、昇降機の扉が開くのを待っていると――
「あっぶね〜! すまん、慌ただしくて!」
慌ただしく乗り込んできたのは、短髪のスポーツ刈りの青年だった。
「構わない」
「緊張するな、入学式は! 俺はルウ・フォックスって言うんだ! ルウって呼んでくれ!」
「ああ、俺はアルカディア・グラディウス」
「よろしくな、アル!」
そう言って、ルウは気さくな笑顔を向けてきた。
初対面でいきなりファーストネームで呼び合う。
この瞬間、俺の入学初日にして初めての友好関係が築かれたのだった。
──そして、俺の帝立魔導士官学校での生活が、本格的に幕を開ける。
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