魔法少女は、大人しくしない
短編練習のため書きました。
空港の到着口はいつもと違う雰囲気に包まれていた。
普段なら、乗客たちが無事に降り立ったことに安堵し、荷物を受け取るために並ぶだけだが、今日は何かが違う。警備員が普段以上に厳重に配置され、空港内の空気がぴんと張り詰めている。遠くからでも、何かを警戒しているような雰囲気が伝わってくる。
「なんだか、今日は物々しいな。何かあったの?」
「ああ……確か今日の飛行機でアメリカからの“例のアレ”が乗ってるってニュースで見たな。」
「“例のアレ”って?」
「お前、全然ニュース見ないんだな。ほら、魔法少女が日本に派遣されるって話。あれ、違憲かどうかで国会が揉めてたじゃん。あの問題がどうなったか、まだ結論出てないんだろ?」
「あぁ、あれか。確かに、ニュースでもやってたな。今日はその関係で、警備も強化されてるってことか。」
「へぇ〜どんな子なんだろうな。魔法少女っていうからにはやっぱ可愛いのかな!?」
「少女っていうくらいなんだから、お前が手を出したら犯罪だろ」
「ふーん……」
オレはその時、オレとは関係のない別世界の話を聞いている感覚だった。現実だけど、自分には関係のない話。どうしても他人事にしか思えなかった。
だって、アメリカの“例のアレ”がどうだとか、魔法少女が日本に派遣されるかどうかなんて、オレには関係ない話だ。そんなことを考えているうちに、ふと気づくと、周りの人たちはみんなその話題で盛り上がっている。
「てか、帰り何時の電車乗るん?行こうぜ」
思わず口に出していた。自分でも驚いた。何か、無理にでも会話に参加しないといけないような気がしたからだ。
でも、心のどこかで、まだその話に入り込めていない自分がいる。
◇◆◇◆
「ちょっ……ちょっとちょっと〜!ミツキ!!アンタ、こんな買い物してなに考えてんのヨ!!いい加減にしなさいッ!!」
言葉の端々に独特なイントネーションが漂う男の声が響いた。声の主である男の身長は高く、周囲の日本人の平均身長を大幅に超えていた。鍛え上げられた筋肉は、今は可愛らしい買い物袋や箱を支えるために使われている。
男の声に反応して、少し前を歩いていた金髪の女が振り返る。その顔はあどけなく、少女と言っても差し支えない。彼女はニヤリと笑い、肩をすくめた。
「クリス。あたしのお目付け役なんでしょ?なら、荷物くらい持ってよねー♪」
「ちょっと……私は荷物持ちじゃありませんー。私たちには……あら?トーマスはどこ?」
「あたし、喉乾いちゃったから飲み物買いに行ってもらったのー」
「……アンタ、あれでもあの子は国家超常防衛局の職員なのよ。ここまで来るのにどんな血反吐吐くような訓練を受けてきたのか……そもそも、もう少し年上を敬いなさいっての!」
クリスと呼ばれた男は小言を続けながら、少女の買い漁ったバッグや服やら化粧品の入った箱をずらし、正面を見た。
だが――そこにあるはずの金髪が、いない。
「はっ……!ミツキ……!?」
クリスは一瞬で青ざめた。荷物を抱えたまま周囲を見回すが、どこにも少女の姿はない。冷たい汗が背中を伝う。
「ちょ、ちょっと待って……なんでいないのよ!?ミツキ!どこ行ったのよ!」
混乱しながらも慌てて周囲を確認する。だが、見えるのは行き交う日本人観光客たちばかり。誰も金髪の少女に心当たりがなさそうだ。
その時、期間限定のフラペチーノを手に持った男が戻ってきた。黒いサングラスをかけた顔がどこか満足げに見える。
その表情とは正反対に、長身の男は青白い顔で呟いた。
「や、やられたワ……!」
◇◆◇◆
金髪、青眼の日本人離れした顔立ち。芸能人のようなその容姿に、一瞬目を奪われたオレは、慌てて視線を逸らした。
こんな時代だ。美しい人を美しいと感じることが、場合によっては「罪」になる。そう自分に言い聞かせて、息を吐く。
「ねぇ、そこのキミ」
「……へ?」
突然、流暢な日本語で声をかけられた。驚いて顔を向けると、金髪の少女がオレをじっと見ている。その瞳は深い青色で、どこか挑戦的な光を帯びていた。
「ハラジュクに行きたいんだけど、このままで着くの?」
「ハラジュク?」
原宿のことだよな……?
オレは戸惑いながら答えた。正直、東京の地理にはあまり詳しくない。地方出身のオレが都会の電車に慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。
「うーん、今乗ってるのは成田空港から新宿方面に向かってる電車だから……渋谷で乗り換えれば、多分行けると思いますけど……」
「え!ナニソレ!」
「ナニソレって……」
オレは頭の中で路線図を思い浮かべた。確かに渋谷で乗り換えれば原宿には行ける。でも、慣れない人にはややこしいかもしれない。
「まぁ、間違えなければすぐ着きますよ」
「間違えなければねぇ〜」
彼女は小さく唸りながら考え込む。そして、何か思いついたように顔を上げた。
「あ、そうだ!」
「……?」
「ねぇ、キミ、暇?あたしをハラジュクまで案内してくれない?」
「へ……?オ、オレが?」
突然の提案に、オレは言葉を失った。電車の中で見知らぬ外国人にこんな頼みをされるなんて、夢にも思わなかった。
「だって、こっちに来たばっかりで全然わからないんだもん。だから、お願い!」
彼女は期待に満ちた目でオレを見つめている。その瞳があまりにも綺麗で、どこか無邪気だった。正直、少し気後れしてしまう。なにこのコミュ強。怖すぎる。
「ええ……」
オレは周りを見渡した。電車の中の乗客たちはみなスマホを見つめ、他人に関心を向ける気配はない。ため息をつきながら思案する。
旅の疲れはあるけど、あと1時間半くらい電車に揺られる余力はまだある。
それに、迷子になりそうな外国人を放っておくのも気が引けた。……別に彼女が可愛いから手伝うわけじゃない。たぶん。
「……方向が一緒だから、構わないですけど」
オレの返事に、彼女はぱっと顔を明るくし、嬉しそうに笑った。
「ほんと!?じゃあ、決まりだね!」
その笑顔に、オレは少しだけ気持ちが温かくなるのを感じた。でも、それをすぐに振り払う。
「……まぁ、ついでですから」
「助かるぅ〜!ありがと!」
彼女は嬉しそうに笑い、座席から立ち上がった。電車が次の駅に停車するのを待ちながら、オレの方をちらりと見て言った。
「あたし、ミツキ。ミツキ・ブライトリーよ」
ミツキは手を差し出してきた。握手……なのか?日本ではあまり馴染みのない慣習に戸惑いながらも、オレはその小さな手を取って軽く握り返した。
「あ、どうも……えーと。オレの名前は」
◇◆◇◆
「わぁ♡これ、インスタでみた絶対食べたかったやつ!」
人混みの喧騒の中で一際輝く金髪が目の前で揺れる。なぜオレはここで串に刺されたいちご飴を手にしているのだろうか。勝手に荷物も持たされているし。
「え、ちょ。もうさすがにやめた方が良いんじゃないですか……?」
「ヘーキヘーキ!次、いこ!」
おそらくは完全に年下だとは思うのだが、悲しい性で敬語を使ってしまう。
その細い体のどこにそんなに食べ物が入るのかというほど食べ歩きスポットを巡るミツキにオレは少し辟易とした。
今日出会ったばかりだというのに、ミツキと名乗る外国人少女を原宿まで道案内するはめになってしまった。別に降りる駅は一緒だったので道案内は良いが、そのままの流れで彼女に指定する店を巡り、かつ荷物持ちにさせられている。
「はーやばー!たのしー!」
「えっと、アメリカから来たんですよね?こういうところはあっちには無いかな?」
「……」
オレのその言葉にミツキは下を俯き、一瞬だけ暗い顔をした。彼女と出会ったから初めて見る顔だった。なにか、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。オレは少しあたふたと動揺した。
「あたし……実はあっちではちょっと特別な学校通ってて、自由に出歩いたりとかできなかったんだよね」
「え……」
「引くよね。私と同じ連中とも、全然合わなくてさ。……だから、日本に来るの不安だけど、楽しみだったんだよね」
「そっか……」
「来日初日で、見ず知らずの人間に付き合うようなお人好しとも出会えたしね」
「いやまて、オレのことかい」
オレは思わずツッコミをいれた。弾けるような笑顔のミツキを見ていると、そんな深い事情があったとは分からない。それなら、ここまで案内してよかったとオレは心底思った。
ふっとミツキは幾つなのだろうと思った。見たところでは大人びてはいるが、まだ未成年のように思える。子供は大人に守られなくてはならない。そうでなくては、いけないのだ。
「ねぇ、お願い!これ持ってて!あたし並んでくる!」
「お、おい……!」
そんなオレの気持ちを知らずに、ミツキは彼女の顔の3倍はありそうなカラフルなわたあめを手に持つ少女たちの方へと駆け出していた。
綿飴の店に並んだミツキをぼんやりと見ながら、遠目から見るその後ろ姿のあどけなさに胸がざわりとした。
オレは今すぐにスマホで「少女 道案内 犯罪」「少女 連れ去り 淫行罪 範囲」と検索したい気持ちに駆られたが、両腕の荷物がそれを許さない。
いやいやいや。これは、道案内だ。
オレは頭を振った。というか、全然やましい気持ちなんてない!神に誓ってそんなものはない!ないんだ!
そんな、しょうもないことに気を取られるオレの周りでは誰かが建物の間から除く狭い空を指差していた。
「なにーあれ?」
「え、ウケる。ピエロ?バカデカ」
「えー?広告のバルーンじゃない」
「バルーンってなに?」
「え、知らないの?風船だよ」
「そうかな?私には、なんか……動いてるように……」
バルーン?
オレは通行人の指差す方を見上げた。
そこには、建物の間から巨大なピエロの顔が覗いていた。
赤と白のペイントが施されたその顔は、笑顔のようでいて、どこか歪んでいる。広告用のバルーンだと自分に言い聞かせたが、どうにも目が離せない。
目が……動いている?
気のせいだろうか。ピエロの黒い瞳が、わずかにこちらを見ているように感じた。風で揺れているだけだ、と自分に言い聞かせようとしたが、その目には確かに意志のようなものが宿っている気がする。
「うわ、なんか怖くね?」
「リアル過ぎて引くレベル」
周囲のざわめきが耳に入るが、どこか現実感がない。
ピエロの顔の下、建物の影に隠れている部分が徐々に膨らんでいるのが見えた。まるでその巨体が、建物の隙間からゆっくりと這い出てこようとしているかのようだ。
「……動いてる?」
誰かが呟く。オレもそう思った。風で揺れているわけじゃない。ピエロの体は確かに生き物のように動いている。
次の瞬間、ピエロの口元がかすかに動いた――笑った?
いや、笑っているように見えただけだ。オレはそう思い込もうとした。
しかし、何かが胸を締め付ける。妙な息苦しさと共に、足元から寒気が這い上がってくるような感覚があった。
◇◆◇◆
空に浮かぶバルーンのピエロが動いている。そう感じた瞬間に、オレの隣にいた人の頭が破裂した。
「……は?」
何が起きたのか理解できなかった。ただ、目の前に広がる血の飛沫と、倒れた人の姿が現実感を引き剥がしていく。
ピエロがそのふざけた唇を尖らせると、またどこかで誰かの頭が破裂した。
次の瞬間にはあたりはパニックに陥った。悲鳴がこだまし、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。誰もが押し合い、転び、叫び声が空気を裂いていく。
「な、なんだよこれ……!」
足が震える。頭が真っ白になり、耳鳴りがする。目の前の現実が悪い冗談のようで、ただ呆然と立ち尽くしてしまう。
ピエロのバルーンは笑っているように見えた。その巨大な目がこちらを見下ろし、次の獲物を選んでいるような気がした。
「逃げなきゃ……!」
自分に言い聞かせるように呟くが、足が動かない。冷たい汗が背中を伝い、喉がカラカラに渇く。
「……ミツキ!」
唐突に、彼女の顔が脳裏に浮かんだ。いちご飴を手に、楽しそうに笑っていた彼女。あの姿が、今この混乱の中にいるのだ。
「くそっ……!」
オレは足を踏み出した。逃げる人々と逆方向に向かって駆け出す。肩がぶつかり、何度も転びそうになるが、そんなことはどうでもよかった。
「ミツキ!どこだ!返事しろ!」
叫びながら周囲を見渡す。どこにも彼女の姿が見えない。まさか、もう……。頭の中に最悪の想像が浮かび、胃がひっくり返るような感覚に襲われた。
「いない……!どこなんだよ!」
息が荒くなる。心臓が爆発しそうなくらい早く脈打つ。逃げ惑う人々の中で、ミツキの金髪を探す。
そのとき、不意に小さな声が聞こえた。
「……あーあ。せっかく楽しい時間を過ごしていたのに。」
金髪の少女はそういうと最後のいちご飴を齧りとった。
「ミツキ……!」
「おにいさん。マジでごめんねー。巻き込んじゃって」
「なにを言ってるんだ!?は、早く逃げないと……!」
「逃げないよ」
ミツキはそういうと、オレにいちご飴の棒を手渡した。オレはそれを受け取りつつも、唖然とした。太陽に煌めく金髪を背中に流しながらミツキはオレを通り過ぎ、空に浮かぶあの不気味なピエロへと向かっていく。
「ミツキ!逃げよう!!あんなバケモノをどうやって……!」
「あたしね、コイツらを“狩り”に来たんだ」
そう言った瞬間、ミツキの手は星を模った短いステッキを持っていた。
金髪がひらりと揺れ、太陽の光を浴びて輝く。
ミツキは静かに一歩踏み出すと、手をゆっくりと空に掲げた。その動きは、まるで時間が止まったかのようにゆっくりと、そして確かな力を感じさせる。
その瞬間、空気が微かに震え、周囲の景色が一瞬にして静まり返る。
星屑のような光が彼女の周りに集まり、まるで夜空の一部が彼女の体に吸い寄せられるかのように輝き始めた。
その光は、ミツキを包み込むように広がり、彼女の身体をまるで羽のように軽やかに包み込む。
金色の髪が、星のように輝く光の中でふわりと舞い上がり、彼女の背中を飾るように流れる。
その光が強くなるにつれて、ミツキの姿が変わり始める。白いドレスが彼女の体にぴったりとフィットし、紫とピンクのスカートがくるりと囲んでひらりと揺らいだ。輝く星の模様が布地の上に浮かび上がる。
目を奪われるような美しい変化が、まるで夢の中の一瞬のように繰り広げられた。
そして、全てが静まり返った瞬間、ミツキの姿は完全に変わり果て、まるで夜空の星々がその体に宿ったかのように煌めく魔法少女の姿がそこに立っていた。
「ミツキが……ま、魔法……少女……?」
「ばいばい。おにいさん。……楽しかったよ」
その瞬間、周囲の世界は再び動き出し、ミツキはオレに背を向けて静かに、しかし力強く前へと進み出す。
ミツキの歩く後ろには、星のように輝く足跡が残り、空に浮かぶピエロに向かって、その足音は静かに響いていた。
◇◆◇◆
「はぁ〜…初日からこれじゃ、この先が思いやられるわネッ」
電車内に響き渡るクリスの声は、独特のイントネーションを含んでいた。彼の高い身長と恵まれた体格が、その奇妙な話し方以上に周囲の視線を集めている。
「国家超常防衛局の職員が2人揃って出し抜かれるなんて、シャレにならないでしょ。あぁ、局長に怒られるゥ〜……始末書とか、もう考えるだけで嫌になる!」
クリスは大げさにため息をつき、頭を抱えた。彼の隣に立つサングラスの男、トーマスは何も言わず、手に持ったフラペチーノを一口飲むだけだ。その静かな態度が、余計にクリスの焦りを引き立てる。
「なによ、トーマス!アンタは呑気にその期間限定フラペチーノを楽しんでる場合じゃないでしょ。少しは……」
トーマスが無言でクリスの肩を叩いた。振り返ると、彼は窓の外を指差している。
「……なに?」
クリスは仕方なく視線を向けた。そして、言葉を失った。
ビルの隙間から見えるのは、巨大なピエロのバルーンだった。膨らんだ頬、引きつった笑顔。異様な存在感を放つその姿は、クリスの知識にあるどんな怪異とも一致しない。
だが、それ以上に目を引いたのは、その前に立つ少女だった。
「……嘘でしょ。なんで、あんな……!」
金色の髪が風に揺れ、光を反射して輝いている。彼女の白いドレスには星の模様が浮かび、まるで夜空の一部が地上に降り立ったかのようだ。彼女が手にした短いステッキが光を放つと、その先端から星屑のような粒子が舞い上がり、空気にきらめきを与える。
その姿は、間違いなく魔法少女だ。
「なにあれ……こんなの、聞いてない!」
クリスの声が震える。その横で、トーマスは静かにフラペチーノを置いた。そして、唖然とするクリスの肩をポンポンと叩くと、親指を電車の最後尾へと向け、ゆっくりと歩いていく。
クリスはため息を吐くと、諦め顔でその後を追う。
「乗客の皆様にお知らせ致します。ただいま怪異発生の緊急事態により、原宿駅には停止いたしません。繰り返します、原宿駅には――」
無機質なアナウンスが車内に響く中、クリスは苛立ちを隠せず舌打ちをした。
「あらやだ。サイアクねぇ……」
クリスの頭の中では自動的に次の行動を選択し始める。
ミツキなら、おそらく大丈夫でしょう。あの子が日本派遣に選ばれたのは伊達じゃない。その実力は折り紙つき。
だから、ひとまず次の停車駅で……。
隣で腕を組んでいたトーマスが、無言でコートの内側に手を伸ばす。
「え?ちょ、ちょっと待って!何して――」
乾いた銃声が車内に響き渡る。後部車両のドアガラスが粉々に砕け散り、破片が床に散らばった。
乗客たちが驚きと悲鳴の声を上げる中、トーマスは無言でガラスの残骸を蹴り飛ばし、開いた穴を確認するようにホームを見下ろした。
「……アンタ、正気?」
クリスは呆れたようにため息をつくと、砕けたガラスの破片を避けながらトーマスの後に続く。
「いや、ほんとにさ……もうちょっと穏便にできないの?」
問いかけてもトーマスは振り返ることなく、悠然とホームに飛び降りた。
「はぁ……毎回これなんだから……」
クリスは肩をすくめると、仕方なさそうに続いた。
◇◆◇◆
バルーン型ピエロは空中に浮かびながら、不気味な笑みを浮かべたまま巨大な腕を振り上げた。
その動きに合わせて、空間が歪むような感覚が広がり、周囲のビルが軋む音を立てる。ピエロの指先が弾けると、まるでシャボン玉のような透明な球体が空中に浮かび、次々と弾けていく。そのたびに、地面が揺れ、爆発のような衝撃波が広がった。
ミツキは冷静にその場を見据え、ステッキを構える。彼女の背中に揺れる金色の髪が、まるで星屑をまとったように輝く。彼女が足を踏み出すたび、地面には淡い光の軌跡が残った。
ピエロの放つ攻撃が彼女に迫る。透明な球体が次々と彼女を包み込むように迫ってくるが、ミツキは一瞬の躊躇もなく跳び上がり、軽やかにかわしていく。その動きはまるで舞踏のように優雅で、周囲の混乱とは対照的に、静寂と美しさを感じさせた。
空中で宙返りを決めた彼女のステッキが一瞬だけ光を帯びる。その光は星のように輝き、次の瞬間、彼女が振り下ろすと同時に無数の光の刃が空間を切り裂きながらピエロへと向かっていった。
ピエロは笑みを崩さず、巨大な腕を盾のように振り上げて光の刃を受け止める。衝撃が空中で弾け、爆風が周囲の建物を揺らした。その衝撃で窓ガラスが砕け、破片が地面に降り注ぐ。
降り注ぐガラスの破片が光を反射し、まるで細かな星屑のように空中で輝く。しかし、それは美しい光景ではなく、鋭利な刃の雨だ。オレは咄嗟に近くに落ちていた紙袋を掴み、頭上に掲げた。破片が袋を叩きつける鈍い音が響く。
「ミツキ!」
声が自然と喉から飛び出した。オレの視線の先、あの子はピエロの放つ次の攻撃を前に、ステッキを構えたまま微動だにしない。まるで時間が止まったように静かな一瞬。
「聞こえてんのか! 危ないって!」
オレの叫びは爆発音や風の唸りにかき消されそうだったが、それでも必死に声を張り上げた。だけど、ミツキは振り返らない。その背中からは、圧倒的な集中力と覚悟が滲み出ていた。
破片の雨が収まりかけた頃、ミツキのステッキが再び光を放つ。その光は鋭く、揺るぎのない意思を持つを持つように感じて、オレの胸に熱を感じさせた。
「お〜派手にやっちゃってンわね。ミツキったら…。」
「ミツキ!?アンタ達、ミツキの知り合いなのか!?なぁ、あの子を止めてくれよ!あんな危ないことを子供がしていいワケが……」
「……あの子、日本に知り合いはいないって言ってなかったっけ?」
背後の男が、興味深そうに問いかける。
「えっと……知り合いじゃない、です。たまたま……」
オレは言い訳じみた答えを返したが、その瞬間、いちご飴を頬張るミツキの顔が脳裏に浮かんだ。
無邪気にはしゃぐ姿。背中に羽が生えたように自由を謳歌する表情。そして――あのひどく悲しげな目。
オレは、彼女の知り合いではないのだろうか?ただの通りすがりなのか?
そんな疑問が頭をよぎる中、目の前の謎の男はオレの考えなどお構いなしといった様子で、興味を失ったかのように肩をすくめた。
その時、ミツキが地面に着地する。軽やかな動きで、まるで彼女の足元に風が流れているようだった。ステッキを掲げると、彼女の周囲に星屑のような光が集まり始める。光の粒は夜空の一部を切り取ったかのように輝き、彼女の力に応えるように鼓動を打つ。
やがて、それらの光がステッキに吸い込まれるように収束し、次の瞬間――巨大な光の矢となって放たれた。
矢は空間を裂き、ピエロの中心部へと一直線に突き刺さる。ピエロの体が一瞬だけ不気味に膨れ上がり、あの耳障りな笑い声が響き渡る。しかし、その笑い声は徐々に掠れていき、ついには静寂が訪れた。
静まり返った空間に残されたのは、光の粒が舞う幻想的な風景と、毅然としたミツキの背中だった。彼女は深く息を整えると、ゆっくりとステッキを降ろし、冷たい眼差しで消えゆく光を見つめている。
「ふぅん。まあ……いいワ」
背後の男が小さく呟く。その言葉には何かしらの意図が含まれているようだったが、オレにはそれを問い返す余裕はなかった。
「ネェ、アンタ。ちょっと、これを見てみなさい」
謎の男がスーツのポケットからスマホを取り出し、オレに向けた。画面には何か奇妙な映像が流れている。何かを言おうとした瞬間、頭の中にズキンとした痛みが走った。
「な、んだ……?」
言葉を発する間もなく、視界がぐらりと揺れ、意識が闇に沈んでいった。
◇◆◇◆
頭の中がぼんやりとした霧に包まれ、何も思い出せない。ただ、心の奥に強く残る感覚があった――守らなくちゃ。守らなくては。
誰かを?何かを?
その思いが胸を締めつけ、無意識に体が動き出す。足元がふらつき、視界が揺れる。どこかで誰かが呼んでいる気がする。だが、それが誰なのか、何を求めているのか、全くわからない。
……守ってやらなければ。
その一言が、心の中で繰り返される。だが、言葉が空気に消え、何も響くことなく静寂が戻る。
突然、頭に鋭い痛みが走る。意識が途切れ、記憶がかき消されるように消え去る。
気がついた時には、目の前には赤と青の警光灯が点滅していた。耳に届くのは警察無線の声と、救急車のサイレンの音。どこか遠くで野次馬のざわめきも聞こえる。
オレは地面に腰を下ろしていた。周囲を見回すと、原宿の雑踏が目に入る。だが、どうしてここにいるのか、何が起きたのか――まるで思い出せない。
「オレ、確か……旅行から戻ってきて……それから……?」
頭を抱え、記憶の断片を掴もうとするが、何も浮かんでこない。
ふと、自分の手に何かが握られていることに気づいた。目を下ろすと、それは――食べかけのいちご飴だった。それに女性向けと思われる衣服や雑貨店のショッピングバッグがオレのそばに散乱している。こんなもの買った記憶は、ない。
「……なんで、こんなもん……」
言葉が口をついて出たが、それ以上何も言えなかった。ただ、その飴を見つめながら、胸の奥に何か引っかかる感覚だけが残った。
◇◆◇◆
校庭の桜は入学式を待たずに早々に散り始めている。オレは風に散る桜を眺めながら、生徒の名簿を抱えて廊下を歩いていた。
まさか、いきなり担任を任されるなんて……。
オレは不安で押しつぶされそうになるのを耐えるようにため息を吐いた。
本来なら担任を受け持つ教師が3日前に事故にあったというのだ。他に受け持つことのできる人間はおらず、ほとんど押し付けられるようにオレは名簿を渡された。
しかも、受け持つ生徒たちは普通じゃない。
オレは肺の中の空気を全て出し切ると、意を決してスライド式のドアを横に開けて教室にはいる。
「えーと、みなさん揃っているかな……?」
オレは教室を見渡す。といっても、教室には3人の生徒しかいない。
最初に目に入ったのは、中央の席に座っていた真部リサ。彼女は少し背が低く、やや茶色がかった髪を肩まで伸ばしている。少し緊張した様子でオレを見上げ、声を震わせながら返事をした。
「真部リサさん」
「は、はいっ!」
その返事に、オレは少しだけ安心した。次に視線を移すと、窓際に座っている少女が目に入った。他の2人に比べてやや幼い印象なのは、彼女が飛び級でここにいるからであろう。机の上に自作のノートパソコンとタブレットを並べている。タブレットの画面に夢中になっているのか、オレの声が聞こえていないのか、返事はなかった。
「山口コウリさん」
「……」
キーボードを叩く音だけが響く。
うん。なにごとも熱心なのは良いことだ。
次に空席の方をチラリと見た。
その席には本来、『藤原雪』という生徒が座っているはずだが、彼女は入学式前に腕を骨折して入院だと聞いている。どうして怪我をしたのかは、聞いていない。どんな生徒なんだろな……オレは出席簿にバツを付けた。
「えー…最後はミツキ・ブライトリー……?」
オレは名簿を見ながら、名前を読み上げた。その瞬間、何か引っかかるものを感じた。
あれ、この名前前にも何処かで……。
心の中でその名前を繰り返してみるが、どうしても思い出せない。
すると、突然、教室の空気が変わった。
「あーっ!!!」
一瞬の静寂を破って、教室中に響き渡る少女の声が響いた。その声にオレは驚き、思わず体を硬直させる。
「うわっ!?な、なんだ…!?」
ミツキ・ブライトリーが机から飛び上がり、驚愕の表情でオレを指差していた。
彼女の髪は、太陽の光を浴びて金色に輝いており、目が合った瞬間、まるで何かを感じ取ったかのように一瞬だけ目を見開いた。
「あ、あ、ああなた、あの時の……!?」
「え?え?」
彼女の目は驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべていた。オレはその反応に困惑し、思わず後ずさりして、黒板に背中を殴打した。
……こうしてオレの波乱の教師生活が、まさにこの瞬間から始まったのだ。
反省点
・最初は魔法少女✖️軍隊ものをえがいたのに、書いてみたら、全然そうはならなかった。
・もっとミリタリー感を出せるように励みたい。
・ストーリーは気に入っているので、続きを書きたいけど、筆者の思考はダークファンタジー寄りなので果たしてこのままキラキラ魔法少女と組み合わせて良いのか迷っています。