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ファンサービス

※残酷描写があります。変態が出現します。ご注意ください。お口が悪いですが、ご容赦ください。



「失礼いたします。おはようございます、エストレラ様」


「んー、エルシー……もう少し、寝かせて」


 昨夜挨拶ができなかったので、朝一番はわたくしが!と思って意気込んできたのに。

 ……実際に一番はわたくしです。

 朝が弱い様を、寝顔を間近で拝見することができるのは嬉しいですが、違う人と間違えられるのは悲しすぎます、とがっくりと項垂れます。


 はぁ、印象に残らなかったのでしょうか。

 わたくしは存在感が薄かったのでしょうか。

 落ち込みながら窓辺に移動し、カーテンを開けて再び声を掛けます。


「シヴァでございます。おはようございます、エストレラ様」


 眠ってしまったようで、わたくしの声に反応しなくなってしまいました。

 眠ってしまったのなら仕方ないですよね、とお目覚めになるのを待つことにします。


 どこで待つのかって?

 当然、寝顔を拝見するためベッドの横に。

 横向きで眠っていらっしゃるエストレラ様と、向かい合うように片膝をつき待機します。


 カーテンを開けたことで部屋が明るくなり、窓から差し込む光がベッドで眠るエストレラ様にあたっています。

 エストレラ様の周囲だけ浄化されているかのように煌めいて見え、非常に空気が美味しいです。


 エストレラ様の摘まみたくなる透き通った滑らかな肌が、指を絡ませたくなる菖蒲色(しょうぶいろ)の髪が、何とも美しく目を引きます。

 エストレラ様に触れたくなる手を必死に抑えながら、お目覚めになるまでの二人だけの時間を楽しみます。


「ふぁ……おはよー、エルシー」


「おはようございます、エストレラ様」


 ご挨拶をしていただいたので、わたくしもお返しいたします。

 目をこすりながら体を起こすエストレラ様に微笑んで対応します。

 名前を間違われたのは、起きたばかりで寝ぼけているのでしょう。ええ、もう気にしません。


「?…………ひゃあ!あなた何してるの!?」


「エストレラ様がお目覚めになるのをお待ちしておりました。 朝の支度をお手伝いさせていただきます、失礼いたします」


 そう言って立ち上がりますが、睨まれてベッドの端に逃げられてしまいました。

 掛け布団を引っ張ってはがすべきかを考えますが、寒がりには酷でしょうか、と悩んでいたら同僚について問われました。


「エルシーは?」


「ドレスルームにおります。朝のお召し替えの支度とともに、イブニングドレスを選んでいます。 昨日帰郷されたばかりのエストレラ様を想って、昨夜のお食事はお部屋でとられご家族とは別でした。ですが、今夜はご家族の皆様がエストレラ様と食事を一緒にしたい、とおっしゃいました。その際、盛装した姿で連れてきてほしい、との命を受けたため時間がかかっているのかと存じます」


 警戒心が強いつもりなのか、わたくしの言葉に耳を貸しながらも、疑いの目を向けていらっしゃいます。

 何事もなくベッドルームに入れたので、今更な気がしますが……。

 どうすべきかと考えた結果、浮かんだある提案を口にします。


「急に転がり込んできたわたくしを信用できないと思います。なので、わたくしと契約をいたしませんか?隷属でかまいません。服従しておりますが、確約があった方が安心できるでしょう?」


 信用がないがために持ちかけた契約ですが、エストレラ様との繋がりが欲しいがための詭弁です。

 どう出るでしょうか、と彼女の言葉をお待ちしておりましたが邪魔が入りました。

 静寂を破るコンコン、というノック音が部屋に響いたのです。


「どうぞ」


「おはようございます、エストレラ様。 まだベッドからお降りになっていらっしゃらないのですか?お顔を洗ってお召し替えください。 朝食を取りましたら、ディナーのために身支度を整えますよ。お帰りをお待ちしていた皆様からのご要望にお応えするために、心置きなく楽し……着飾らせていただきます」


 そう言って入ってきた従者、エルシーに辟易しながらも、ベッドから降り顔を洗っていらっしゃるエストレラ様の姿に、嫉妬をして思わず顔をしかめてしまいました。

 俺にはあなたしか見えていないというのに、と少し恨めしく思いながらエストレラ様を見ていたら目が合って顔をしかめられました。

 しゅんとうなだれてみたら、溜息を吐かれました。


「はぁ、先程の話は断ります。 それ以外は、昨日話した通りでいいので部屋から出て行ってください」


「それはよかったです。ですが、なぜ出て行かなければならないのでしょう。わたくしもあなたの専属従者です」


 そう言うと眉間に皺を寄せて、またもや溜息を吐かれてしまいました。が、その返答が可愛らしくていそいそとそれを手に取り近づきます。


「はぁ、従者であり紳士であるのでしたら着替えたいので出て行って……て、なんで着替えをあなたが持つの」


「紳士である前にエストレラ様の専属従者です。お召し替えのお手伝いをさせていただくため、お持ちしました」


 悪魔に対して紳士と言う者も求める者もいないと思うので、わたくしを追い出したいがためにおっしゃったのでしょう。

 別に人間の体に興味はありませんが、見られたくないと恥ずかしがるエストレラ様には興味があります。

 本心を隠しキリッとした顔で言いましたら、昨夜のことが夢ではなかったことを証明することが起きました。


「変態従者かっ。 ちっ、返して」


「グフッ……投げキッスをしていただけるとは……最高です」


 呟くように漏らし、ときめく胸を押さえながら膝をついたわたくしを、怪訝な面持ちで見ていらっしゃったエストレラ様が、はっと目を見開いてエルシーを見ました。

 それを見ていたエルシーは、にっこりと深い笑みを浮かべてエストレラ様に諭します。


「エストレラ様、あなた様のような窈窕たる淑女が舌打ちなどしてはいけません。 どこかの変態やクズが投げキッスをしていただいた、などと勘違いをしてしまいます。曲解されて困るのはエストレラ様ですよ。 目の当たりにして、ご理解していただけると幸いです」


「え?……!?」


 わたくしに視線を戻し「気持ちわる」とこぼす彼女は、離れようと距離を取ります。

 すかさず立ち上がったわたくしに驚き、はぁと息を吐いて口を結んでいらっしゃいます。

 じーっとわたくし、ではなくわたくしが手にしているお洋服を見ていらっしゃるので微笑んで広げます。


「お召し替えを」


「…………」


 顎に手を当て考え込んでおられましたが、何か閃いたのか「ふむ」と言い片手を胸のあたりまで上げていらっしゃいます。

 お洋服がお気に召さないことを理由に退出を促されたらどうするべきかを、広げている洋服とエストレラ様を見ながら考えておりました。


 すると、いつの間にか手にしていた洋服が、先程までエストレラ様がお召しになっていたものと入れ替わっていました。

 信じられないことに握っていた手を……親指と人差し指を交差させただけで、お洋服を取り替えてしまったのです。


 油断させるためキュンです、というハートをわたくしに贈ったのでしょうか!?

 これがファンサービス!!いえ、ツンデレというやつですか。


 王都にいる奴らの記憶では何がいいのか理解できませんでしたが、心臓を捻り潰される感じは確かに胸にきますね。

 直に喰らってしまいました……グフッ。


 なんて、的外れだと理解しながらも驚嘆していたわたくしの視界に、満足そうに「うん」と頷いていらっしゃる可愛らしいエストレラ様が見えます。

 しかし、いつの間にか近づいていたエルシーが先程と同じ様に、にっこりと深い笑みを浮かべながらエストレラ様をぶった切ります。


「エストレラ様、あなた様が魔法に長けていることは十二分に存じております。しかし、そのような怠惰な魔法はいけません。 そのようなことをなさるのであれば、わたくしかシヴァにその身をお任せください」


 エストレラ様は、驚き視線をさまよわせながらも「怠惰な魔法……。手を煩わさないいい魔法だと」という言葉を返しますが、エルシーと目を合わせた後、わたくしとエルシーはエストレラ様をぶった切ります。


「「エストレラ様、わたくし共の奉仕の心をお受け取りください」」


「ゔっ」


 本当に、このお方は何でもできてしまいます。

 柔軟性があり、初めての魔法でも成功させてしまう。

 魔力量が多く優れた技量の持ち主。


『仕えられることに慣れることができない』、エストレラ様がそう進言したため、専属従者がエルシーしかおりません。

 始めは『魔法に頼り過ぎるのはいけない』と却下されておりましたが、『使用せずとも自分自身で済ませることができる』、それを証明したため、豪華に盛装する場合などの手が要る仕事以外の従者は、エルシーのみとなっております。


 本当は皆、エストレラ様に仕えたがっております。

 誰に対しても分け隔てなく接し、近しくお付き合いくださり、感謝の意を表することを忘れないエストレラ様。

 そんなエストレラ様に仕える喜びを知っているからですが、エストレラ様が望んでいらっしゃらないのです。なので、エルシーしかおりません。


 しかし、先程のような怠惰な、魔法を使用せずとも済むことで魔法を使用した場合は、ペナルティがあります。

 その日一日魔法使用禁止とともに、全て従者に身を任せる約束となっております。


 監視のような存在としてエルシーがおります。

 判断はエルシーがするため、彼女がダメと言ったらダメなのです。


 滅多にないことなので、わたくし共は口にしました。仕えたいがための、合言葉を。

 エストレラ様にとって攻撃力の高い、合言葉という名の武器でぶった切りました。


 無論、エルシーにはいろいろなドレスを試しエストレラ様を着飾らせたいという下心があり、わたくしにはエストレラ様に近づきたいという下心があります。

 ですがエストレラ様は、わたくし共の奉仕という言動の裏にある意味に気づきません。それほどまでに、優しい方なのです。


「従者は常に主人の気持ちを素早く察する必要があり、行動しなければなりません。 エストレラ様が嫌がっていらっしゃることも理解しております。ですが、純然たる想いでお仕えしたいと思っております。 お傍にいることをお許しください」


 昨夜言ったことをにっこりと微笑んで言います。

 スンとした顔で抵抗をやめた彼女に近づき、御髪を整えさせていただきます。


 ああ、お仕えする初日から投げキッスとハートを贈っていただけ、触れることを許されるなんて……いいこと尽くめでこの未来(さき)が恐ろしいですが最高すぎます!と気分が高揚しながらもおくびにも出さず、御髪を整えます。


「久しぶりなので湯あみ、マッサージ、化粧など他にもいろいろやりたいことがあったので助かりました。 本を読んでいてかまいませんので、今日は全てわたくし共におまかせください」


「……軽食はホールケーキにして」


「「かしこまりました」」


 そうおっしゃったエストレラ様は、好きにしろと言わんばかりに大人しくわたくし共に身を任せて、ずっと本に没頭していらっしゃいました。

 第二撃にあるスイーツ禁止を阻止するための、無抵抗という名の意志を貫徹されたのでした。



エストレラの傍にいることを許されたので、シヴァは敬語になりました。変態ですが、真面目です。

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