表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

ミス



 王都からエストレラが帰ってきた。

 それは、俺がマルバ辺境伯家を訪問してから六日後のことだった。


 馬車ではなく、当然のように歩いて門を潜り帰って来るエストレラに焦る者、呆れる者、笑う者──様々な反応が見て取れるが、皆一様に喜んでいることがわかる。


 口元を緩ませながらも、ドタバタとエストレラを迎える準備を急ぎ行う。

 そんな歓迎ムードに包まれる場で、俺一人だけが石のように身体を強張らせていた。


「速く行かないと出迎えに間に合わないだろう。何しているんだ、シヴァ」


「……わかっている」


 廊下にある窓から外を覗き見ていた奴が、俺に視線を移して言った。

 にやけながら俺の背中をバシッと叩き、足早に歩き出した男を睨むが、叩かれたおかげか少しだけ身体が緩んだ。


 あぁ、やっと会える。この日をずっと待っていた。

 ……なぜこんなに時間がかかった?寄り道でもしていたのか?

 怪訝に思いながら緊張のせいか、ずしりと重くなった身体を叱咤し俺も急いで向かう。


 王都から辺境まで、馬車を使っても最低でも十日はかかる。なので、六日は尋常じゃないほど速いことだ。

 記憶を覗いた時に知り得たはずの情報だったが、エストレラに会えることで頭がいっぱいだった俺は気がつかなかった。


 それに、長い時間を生きる悪魔にとっての六日は本来、短い時間のはずだ。しかし、俺にとってこの六日間は、とても長い時間に感じていたようだ。

 それほどまでに、エストレラの帰りを待ちわびていたのだ。


 俺は、マルバ辺境伯家に着いてから記憶操作魔法で屋敷にいる人間の記憶を探り、エストレラに関する情報を集めた。

 王都にいた人間とは、比べものにならないほどの情報を得ることができた。それもそのはず、エストレラは王都に行ってからまだ一年も経っていなかったのだ。


 いや、比べなくとも生まれてから学園に通うまでずっと辺境伯家にいたのだから当然、故郷の方が情報量は多い。

 記憶を見てからずっと待ち焦がれていたのだ、エストレラがこの地に帰って来ることを。


 門番から通信魔道具でエストレラの帰宅を聞き、準備を終え出迎えに急ぎ集まった奴らの息は荒い。皆、整列しながら深呼吸をして落ち着かせる。いや、そわそわしている心を落ち着かせていた。

 マルバ辺境伯家に仕える者たちが一礼して、エストレラを迎えた。


「「「お帰りなさいませ、エストレラ様」」」


「ただいま戻りました。久しぶりですね、皆さん変わりありませんか」


「おかげさまで、わたくし共も領民も元気に過ごしております。エストレラ様も、お目にかかれて何よりでございます。眼鏡をこちらに、お預かりいたします」


 屋敷にいる奴らと話しながら近づいてくるエストレラの気配に、俺はゴクンと息を呑んだ。

 腹の底に響くような声だった。

 庭園で会った時に声は聞いていたはずなのに、違うように聞こえる。


 俺はゆっくりと顔を上げる。直後、射抜くような淡紫の瞳と目が合った。

 待ちわびていた人が目の前にいる。

 しかし、いまの俺には喜びに浸る余裕はなかった。

 エストレラから放たれる堂々たる雰囲気に圧倒されたのだ。


 ほぅ、記憶を覗いた時に見てはいたが、実際に見ると全く違う。

 見れば見るほど目を奪われる……。

 記憶を覗いた時だけでは飽き足らず、会っただけでより強固に心を奪われてしまった。


 記憶を見て理解した気でいたが、あの眼鏡にかかっている認識阻害の魔法は、微かなはずなのに印象が違いすぎる。

 学園パーティーの時の姿をはっきりとは思い出せないが、違う人間だと言われれば信じてしまうだろうな──


「新しい方ですか?」


 じーっと見ながら考え事をしていたし、話しかけてくるとは思っていなかった。

 不意打ちを喰らって、目を見開き身体が強張る。

 声を掛けられただけで、心臓を掴まれる感覚がするなんて生まれて初めてだ。

 俺は少しでも動揺を鎮め、口を開こうとしたが他の奴に阻まれた。


「エストレラ様、まだシヴァのことを許していないのですか? 今度は何をしたのか存じませんが、さすがに喧嘩の期間が長すぎますよ。エストレラ様のお帰りをずっとお待ちしていたのはシヴァも同じです。許して差し上げてください」


 口を挟んできた奴は、苦笑しながら俺を庇うような発言をした。

 ……沈黙が重い。他の奴らが見ているが、どう出るだろうか。


「──へぇ、ずっと、ですか」


 エストレラの顔色を窺っていた。

 エストレラが微笑みながら俺を見た。


「っっ!!」


 ほんの一瞬の出来事だった。

 俺以外彼女の冷気に誰も気づかず、笑い合っている。

 視線だけで人を殺せるなら、俺はとうに絶命していた。

 そう感じるほど、殺気に満ちた眼差しだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ