表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

エストレラ・マルバ

よろしくお願いします。

少し長いです。



「……?どういうことだ」


 何が起こったのか理解できない。

 女に突っかかっていたあの二人も、その場にいる奴らも単純すぎないか?

 ありえないだろう。

 騒動に関与したくないがための行動だろうか。

 空気を読んだのか、浅はかなのか。


 俺は、捨てられた女が男に対して嘆き悲しむ声を上げたり、奪った女に対して怒りをぶつけたり……理性を失って取り乱す様を、もっと泥沼と化した状況を見られると思っていた。しかし、罵声を浴びせられたはずの女は、喚いてきた相手に淡々とした態度で対応していた。


 無理やりすぎる、押し込む形で終わらせた。

 相手の二人も他の人間も、女の勢いに気を呑まれていた。

 どんな喜劇が繰り広げられるのか、と心躍っていたというのに。ほんの一時で終幕してしまったのだ。


「はぁ……つまらん」


 興が削がれて舌打ちをしながら改めて会場内を見回せば、渦中にいたはずの女が一人、姿を消していた。

 外に出たのかと思い気配を探る。すると、庭園の方に一つ微かに感じることができた……気配ではなく、魔力が。


 気配を消しているのか?

 あの女かはわからないが、隠れているつもりならば何かしら面白いことが起こるかもしれない。

 もしあの女なら、心疚しいものがあるから隠れているのかもしれない。

 そうであったらいいが、はずれだったら興醒めだな。


 女が口にしていたように、祝いの場だから大人しく下がったのかもしれない。

 公的な場では祝福し、時間を置き油断させてから背中を刺すのかもしれない。

 そう思い念のため、庭園へと足を運ぶ。

 歩きながら女の容姿を思い浮かべる。


「……思い出せない。髪は紫。いや、青みがかっていたか?」


 突っかかっていた男はオレンジの髪色に若緑の瞳。

 男の隣にいた女はコーラルレッドの髪色に淡い赤色の瞳。


 ──あの女は?

 髪は長かった……色は紫?のはずだ。

 顔は、瞳は?……服は、制服だったよな。


 いくら背を向けていたからと言っても、最後は俺がいる方(窓側)を向いていた。

 見ていたはずなのに、靄がかっているかのように思い出せない。


 おかしいと顔をしかめながらも歩みを進めると、庭園にある噴水の縁に腰掛けている女がいた。制服で紫の長髪、あの女だろうと思い様子を見るため少し離れた場所で立ち止まった。すると、水面を見ていたはずの女は顔を上げてこちらを──俺を見た気がした。が、また水面に視線を戻した。


 女が俺の方を向いた瞬間、驚いて身構えてしまった。

 だって、俺はまだ姿を現していない。

 姿を消している悪魔を見ることができる人間なんて、そういない。

 例外は、すでに悪魔と契約をしているか死期が近いか。


 念のため確認してみたが、俺の後ろには誰もいない。

 まさかな、と鼻で笑いながらそのまま近づいていく。


「ごきげんよう、レディ」


 声を掛けてみたが反応はない……無視ではないよな。

 もしそうであるなら──悪魔との契約に関しては触れればわかるが、大病を患っているかはわからないからな。健康そうに見えるが……。


 まさか先程のことが衝撃的すぎて、自殺を図るなんてことはないよな。

 平静を装っていたのか?──考えても意味ないな、と思考を放棄し話を聞くことにする。


 未だに水面から目を離さないので、その場で姿を現した。

 離れていた距離をもう少し縮めるべく、コツコツと靴音を立てて女に近づく。


「ごきげんよう、レディ」


 女は顔を上げ、俺を見た。

 姿勢を正し、きょろきょろと辺りを見回してから俺を見て言った。


「私のことでしょうか」


 自分に声を掛けているとは思わなかったのか、目の前にいる俺に問いかけた。


「ご紹介もなしに声を掛ける無礼をお許しください。じっと下を向いていらっしゃったので、ご気分が優れないようにお見受けいたしますが、いかがなされましたか?」


 心配そうな表情をして見せ、自然を装い女の様子を窺う。


「ご心配いただきありがとうございます。何も問題ございませんので、お気になさらないでください」


 拒んだな……ふっ、意外と気が強いのか?

 俯いていたが愁いに沈んだ顔ではない。剣幕さも感じられない。

 取り繕うのが上手いのか。欲に目が眩むことを恐れて、現実から目を逸らしているのか。……読めないが、とりあえず接触を試みよう。


「それを聞いて安心いたしました。 改めて、ご挨拶申し上げます。私はアルゴル侯爵家当主、シヴァ・アルゴルと申します」


 微笑んで女に近づき、跪いて手を取り手の甲にキスをする。

 人間は皆、容姿と権力に群がる獣だ。

 どんなに外見を取り繕っていても、一皮剝ければ狡賢く醜い生き物なのだ。

 いまも俺の顔を見たまま動かない。


 当然だろう。

 悪魔は人の姿に近ければ近い程優れた能力を持ち、強ければ強い程整った容姿を持つ。

 悪魔の中でも超越している俺は美麗を極めている。

 俺に見惚れている間に、女を探るため手の甲に魔法陣で印をつける。


 他の悪魔との契約はないな……杞憂だったか。

 心情は、懐疑心──感情がない訳ではない。

 なぜ起こったのかを考えているのか。起こったことを受け入れられないのか。冷静な気持ちを保つよう制御しているのか。

 あいつらに対する自分の欲に、気づいていないなんてことないよな。


 俺が接触してきたことに対する思いということもあるか。

 いや、それなら歓喜や陶酔だろ。

 というか始めに一瞬、嫌悪感を感じ取った気がするが、気のせいだよな……気のせいでなくても俺にではないだろう。


 あいつらに対してか?鈍いようなら面倒だが。

 はぁ、話を聞くか、やめるか──


「お話し中失礼いたします。馬車の準備が整いましたので、お声掛けさせていただきます。長らくお待たせして申し訳ございません、エストレラ様」


 そんなことを考えていたら、後ろから声がした。どうやら女の迎えが来たようだ。

 時間の無駄だったな、と肩を落としたら目の前で信じ難いことが起きた。


「お時間をくださりありがとうございました。迎えが来たようなので、失礼させていただきます」


 そう言ってエストレラは、スカートの裾を軽く摘み上げ身を屈めた後その場を去った。

 跪いていたシヴァは、ピクリとも動かない。


「はっ、ははっ、ありえない……。くははははっ──」


 誰もいなくなった庭園に悪魔の乾いた笑い声は響かず、風の音に消されていた。

 シヴァは未だに信じられないのだ。

 たったいま起きたことを、認められないのだ。


 エストレラは手の甲を拭った。

 目を合わせていたしシヴァは見上げていたから見えないだろう、と思ったから。

 従者に気を取られている、と思ったからこその行動だろう。


 理由がどうであれ目の前で拭うのは失礼なことに変わりはないのだが、そうではない。

 悪魔(シヴァ)が手の甲につけた魔法陣を消したのだ……人間が。ただ手を拭っただけで。


 呆然としていた俺は、はっとして周辺を確認する。女の姿が見当たらないのだ。

 ちっと舌打ちをして、どうするべきかを考える。


 名前はエストレラだったな。

 青紫の髪に淡紫の瞳。眼鏡をかけていた。それ以外はわからない。

 ならば──あいつらのところに行くか。


 俺はあいつら、エストレラに突っかかっていた二人のもとへ向かった。

 魔法で記憶を探り、エストレラに関する情報を得るために。


 まだパーティー会場にいたためすぐに見つかった。

 姿を消して近づき、二人の記憶からエストレラに関する情報を探った。


「エストレラ・マルバ辺境伯令嬢。16歳。田舎くさい。引きこもり……はぁ、それだけか?記憶力悪いのか?陰口ばかりで何もないな。ちっ、まったく使い物にならん奴らだな」


 それもそのはず、この二人はもとよりエストレラに興味はないのだ。

 互いに熱を上げているため、間違いにも気がついていない。


 ならば、とエストレラが世話になっているというバロック伯爵家の屋敷へと向かう。だが、すでに彼女は伯爵家を後にしていた。

 学園パーティーで起こったことの経緯を話した後に、邪魔はしないと示すためマルバ辺境伯家──実家へと帰ったようだ。


「くそっ、後手に回っているな。俺が追っていることに気づいているのか?」


 俺は焦りながらもエストレラに関する情報を得るために、魔法を駆使して屋敷にいる人間の記憶を探る。


 大人しい性格。愛想がよく、ここにいる奴らに好かれていて仲もいい。

 あの女とは、付かず離れずの関係だったのか。

 突っかかっていた男との接点が挨拶程度でほとんどないが、どんな関係だったのだろうか。

 屋敷にいる人間の記憶に、婚約者なんて情報はないが。


 ……まぁ、どうでもいいか。

 他には、読書家。スイーツと紅茶を好む。散歩好き。着飾るのを好まない──パーティーでの話は本当みたいだな。


 エストレラが学園パーティーで話していたことは、部分的には本当だった。

 あの女との会話に関しては、無下にしていた訳ではなく聞き役に徹していたようだ。口を開けば吠えられていたため、終始無言でいる様子が見て取れた。


 渡し方に関しては、エストレラが拾う姿を見たいがためだったようだ。

 屋敷にいる人間に自分の方が上だ、と見せつけるためもあるか。

 ほくそ笑んでいることから、見下して楽しんでいたことがわかった。


 バロック伯爵家(わたしの家)に住まわしてやっているのだから私の方が偉い()、地味女より可愛すぎる私の方が高貴()、などという愚かさはどのようにして生まれるのだろうか。

 爵位だけでなく品格も、比べるのも馬鹿らしいと思うほどに、エストレラの方が高いというのに。


 屋敷にいる人間がエストレラを助けないのは、本人がそれを望んでいるからか。

『私だけで済むのならかまいません。介入することでみなさんに害がある方が嫌です』か。


 ──憂いを帯びた顔で言っているが本心か?やはり取り繕うのが上手いのか?

 記憶を見ても理解できないな。

 こんな人間、特に貴族にはそういない。


 屋敷にいる人間の方は憤っているが、エストレラの言葉に従っているからかあの女に対しては、あたることなく淡々と接しているな。

 エストレラが来る前とそう変わらない態度ではあるが、笑顔ひとつ見せなくなりあの女の評判は最悪だ。


 エストレラはバロック伯爵家に来て一ヶ月と経たずに馴染んでいる……人心掌握に長けているのか。ははっ、そうだったらとんでもない女だが。

 いや、悪魔()を惹き付けている時点でただの女じゃないか。


 そして、なぜエストレラがタダで手に入れた金を他の奴らに譲るのかを理解できない。

 全額ではないが、教会と孤児院へ足を運び下賜していた話は本当で、余りは屋敷にいる人間に対しての労いに使用している。

 スイーツだけは、渡すかお茶を飲みながら一緒に食べるか、そんなことをしているがそれだけだ。


 それだけと言ったが、それもおかしい。

 俺が知る貴族は、従者に対してぞんざいに扱うかいないものとしている。

 しかし、エストレラは屋敷にいる人間の誰に対しても優しく接し、感謝の意を表していた。

 欲がないなんてことはないよな、と眉を顰めながら次の目的地──マルバ辺境伯家へと向かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ