ハプニング?
よろしくお願いします。
※残酷描写があります。ご注意ください。
王都にある学園では、卒業生の新たな門出を祝うパーティーが開催されていた。
会場には学園に通う生徒が集まっている。
生徒の服装は自由で、ドレスアップする者もいれば制服のまま参加する者もいる。
学園で過ごす最後の時間を華やかに着飾るもよし、袖を通すことがなくなるため制服でくるもよし、ということだ。
それは、盛装できない生徒への配慮の意もある。
会場内は友人と歓談していたり、食事を楽しんでいたりと和やかな雰囲気に包まれていた。
その時、一人の生徒の怒声が会場内に響き、水を打ったように静まり返った。
人々は自然と、渦中にある方へ目を向けた。
この時引き付けられたのは──生徒だけではなかった。
「エストレラ・マルバ!お前との婚約を破棄する!
学園に通うため王都にあるバロック伯爵家に世話になっていながら、その伯爵家の令嬢であるジュリエットをいじめていたそうだな。
お前に話しかけても無下にされ、宝石やドレスを奪い取られる……何か悪いところがあるなら教えてほしい、と泣きながら相談してきた。
なぜそのような愚行を犯した。
……もしかして、俺がジュリエットと仲良くしていたのが気に食わなかったのか?婚約者だったお前の従姉なのだから、親しくするのは当然だろう。
結婚すれば家族となり、繋がりができる。これからの付き合いのために、親交を深めていたのだ。
そのことに気づかず、ジュリエットを害するなんて最低な女だ。
俺はそんなお前よりも、心優しく愛らしいジュリエットと結婚する!
お前に拒否権はない、父上も了承済みだ。理解したなら彼女に謝れ!!」
昼間から盛大なパーティーを開く強欲な人間共に呆れながら、少しだけ覗いていこうと足を止める。
こういったパーティーやお茶会などの社交の場では、面白いことに何かしらハプニングが起きる。
……案の定、会場では騒動があり、それはどうやら子供の色恋沙汰のようだ。
いまはその真っ最中で、気まぐれに降りてきた俺は何と運のいいことかと笑いが込み上げる。
傲慢、嫉妬、嫌悪、嘲笑、同情──会場内では様々な心情を見て取ることができる。
人間の感情は、挙げ出したら切りがないほど豊富だ。
それは、我々悪魔にとっては甘美で癖になるごちそうだ。
まぁ、選んだ人間によって味の差はあるが……。
悪魔は隙を狙い、人間の心に付け入る。
底知れぬ欲望を持つ人間はいかなる時も食に飢え、金に飢え、愛に飢えている。
地位に縋り、名誉に縋り、理想に縋る。貪汚な、完璧主義な人間ほど捕食しやすい。
嫉妬に駆られ、怨恨を抱き、復讐を誓う。物や他者に執着し渇望する様は滑稽だ。
寄り添い、心情を汲み取り、誘惑すれば悪の道に走り手中に落ちる。
実権や想い人を掌中に収められず、自身の理想に追いつけず、妥協もできないまま堕落する。
悪を、真実を見極め認めれば、恐怖し後悔の念に駆られる。
現実から逃避し崩壊に至れば、悪魔は餌と見做す。
悪魔から逃走しようとすれば捕獲され、泣きながら縋り付き狂乱する。
堕ちた人間のその姿は、無様で笑わずにはいられないほど愉快で心地良いものだ。
共に聞こえる音は、実に小気味よく響く。
絶望に陥れば、嬉々として人間の血肉と魂を喰らう。
それが、我々悪魔という存在だ。
会場内の人々は、名指しで非難された相手の反応を見る。
その生徒、エストレラは驚き目を見開いた後、困惑した表情を見せながら答えた。
「ジュリエット様……申し訳ございません。その場でお返しすべきことだったのですね。私はてっきり下賜されたいのだと思い、換金した後、教会や孤児院に寄付しておりました。
もちろん、ジュリエット様の、バロック伯爵家の名で。
外出することを好まれないので、代わりを頼まれているものと思っておりました。
いつも執事や従者がいる前で笑いながら、『もういらないからあなたにあげるわ』と投げ……手渡してくださるので。まさか奪い取るなどと誤解されていたとは露にも思わず、大変申し訳ございませんでした」
そう言った後、エストレラは頭を下げた。
人々はその返答に驚愕し、戸惑いの表情を見せる。
会場内がざわめく中、エストレラを罵倒した男は驚きすぐさま隣に立つジュリエットを見る。
一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をしたジュリエットは、目を潤ませ微笑みながら答えた。
「いいえ!エストレラ……あなたがジュリの希望に沿ってくれて嬉しいわ。 ありがとう。アーバンとは、何か行き違いがあったみたい……」
ジュリエットを支えるように立っていた男、アーバンが困惑した表情を見せながらも口を開く。しかし、すぐにエストレラが遮った。
「いや「そうでしたか!誤解が解けたならよかったです。
ジュリエット様のために作られた物を、私が使用するなんて恐れ多いことです。
ジュリエット様と私とでは、ドレスも宝石も似合う色が違います。ジュリエット様は小柄でいらっしゃるので、サイズも違いますから。
それに、私はお二人が結ばれることを心から嬉しく思います。もとより、お似合いだと思っていたのです」
エストレラはもう何も言わせまい、と笑みを浮かべながら捲くし立てる。
そんな彼女の言葉に驚いたアーバンは、呆気に取られた様子でポカーンとしている。
言葉を交わしていた二人に背を向け、会場内を見回してからエストレラは頭を下げた。
「皆様、本日のような祝いの場で騒ぎを起こしてしまい、大変申し訳ございませんでした。差し出がましいこととは存じますが、先輩方の卒業とともに、二人にもお祝いのお言葉を頂けますでしょうか」
そんなエストレラの言葉に困惑する者、笑みを浮かべる者──人々は様々な反応を示す。
その様子を素知らぬ顔で、彼女は近くのテーブルにあるグラスを2客手に取った。
そして、先程まで言い争っていた二人のもとへと向かう。
有無は言わせないと言わんばかりに、微笑みながらそれぞれにグラスを渡して少し離れた場所に立ち、言葉を発した。
「では改めまして、先輩方の卒業とお二人のご縁を心よりお祝い申し上げます。おめでとうございます!」
エストレラはそう述べた後、笑顔で拍手を送る。
呆然としていた二人は、はっとして顔を見合わせ安堵したからか自然と笑みがこぼれた。
静観していた人々は、戸惑いながらも軽く手を叩き小さいながらも音を立てる。次第に手を叩く人は増え、段々と音は大きくなっていった。
音と共に二人の気持ちが高ぶり、照れながらも抱き合って満面の笑みを浮かべる。
その姿を見ていた人々に笑顔が伝染して、会場内では盛大な拍手と歓声が沸き起こった。
人々は結婚おめでとう!卒業おめでとう!と祝い、みんなで乾杯している。
張り詰めた空気は一変して、笑い声が広がっていた。
その様子に安堵したエストレラは、盛り上がりに乗じてひとり──会場を後にした。