イチオシ?
※変態がいます。ご注意ください。
店を回りスイーツを買い漁っていたことと、事細かに聞くカリスのせいで魔物の報告と見回りに時間がかかったため、朝の挨拶に出遅れてしまいました。
急いでエストレラ様のお部屋に向かいましたが、シッティングルームにお姿は見られません。不思議に思いながら部屋の中を見回せば、ベッドルームのドアが開いたままでした。まだお召し替えの最中なのか、と遅れはしたがベッドルームから出ていないことに少し安心しながらも、遅れを取り戻すためにすぐさま向かいます。
「おはようございます!エストレラ様!」
「シヴァ、静かにしてください。エストレラ様は体調が優れないのですよ。騒ぎ立てずに──」
「「……え!?」」
エストレラ様の体調が優れないことにも驚きましたが、それ以上に信じられないものが目に入りました。走り出さないよう戒めながら、ゆっくりとエストレラ様に近づきます。距離が縮まるたびに、心臓も縮まるのではないかと思うほど、痛く苦しいです。
「畏れながらエストレラ様。弱っていらっしゃる際にそのような本を手に取っているということは、わたくしを唆していらっしゃるのでしょうか」
「え?……本?……あっ!違うから、読んだことない本だったから買っただけ、っっ!いたっ」
「「エストレラ様!」」
「失礼いたします」
「え?」
チュッ──ドゴッ──ドンッと響いた後、しーんと静寂に包まれた部屋の音を破るのは、エルシーでした。
「洗浄、洗浄、洗浄、洗浄──」
「あの……エルシー?」
「対応が遅れてしまい申し訳ございません、エストレラ様。治癒、治癒、治癒、治癒──」
エストレラ様が紙で指を切ってしまい、わたくしは血を止めるべくエストレラ様の人差し指にキスをしました。すると、少しばかり出遅れたエルシーがわざわざ身体強化をして、わたくしに回し蹴りをかましました。くらったわたくしは壁まで飛んでぶつかりました。
少しばかり血を吸ってしまいましたが、身体強化に加え回し蹴りとは……ですが、いまはそんなことはどうでもいいのです。
「グフフフフッ、あぁ、なんと甘美なソーマ──」
そこは自然に溢れておりました。
ふわりと鼻をくすぐる花の香り、ピュアな音色を奏でる小鳥の囀り、草木や水の音を運ぶ爽やかな風、眩しくも穏やかな陽光──夢のように美しく心地いい空間です。
唯一神エストレラ様の世界に迷い込んだような錯覚を覚えながら、口の中に残るエストレラ様の血を味わいます。
ああ、これが神の味……スイーツのように甘い香りをしていて、口に含めばとても柔らかで優しい舌触り。花のように繊細で海のように爽やかな味わい。それでいて舌に残る滑らかで温かい味は、まるでエストレラ様に包まれているようでなんとも心地いい──
いつまでも幸せな気分が続く──続いてほしいと思っておりましたが、エストレラ様に問われたのでお答えすべく起き上がります。
「……えーっと、二人とも大丈夫?……エルシーは足に痛みとか──」
「心配してくださるとは!やはりエストレラ様はお優し──」
「ご心配いただきありがとうございます。全くもって問題ございません──いえ、ございます。心に痛みが……。 エストレラ様、間に合うことができず大変申し訳ございませんでした。エストレラ様は嫌悪感などございませんか?いえ、当然ございますよね。気色が悪いですよね。虫唾が走りますよね。お助けすることができず、大変申し訳ございませんでした。次など存在しないよう、精進いたします」
「エルシーがやり返してくれたから大丈夫だよ。回し蹴りが見ていて気持ちいいくらいにクリティカルヒットだったからね!かっこよかったよ、ありがとうエルシー。念のためね──」
エルシーの回し蹴りはかっこいいそうなので、わたくしも次にエストレラ様の身に何かあった場合はやってみようと思います。が、エストレラ様から治癒魔法をかけていただいている、独り占めという何とも贅沢でずるいエルシーを睨みます。
はぁ、回し蹴りをくらったわたくしにも治癒魔法をかけてほしいです。
全くもって痛くありませんけど。
「エストレラ様!ありがとうございます。クズを一生許すことはできませんが、エストレラ様の魔法をかけてくださるお優しいそのお心とお言葉と笑顔で心が洗われます」
「クズとはなんですか、エルシー。エストレラ様がお怪我をなされたので、対処したまでです」
「は?不浄極まりない行いを対処などと烏滸がましいですね。従者としてではなくとも、最悪としか言えないことです」
ゴゴゴゴと怒りを表す音が聞こえるくらい、わたくしを睨み凄んでいる普段とは違うエルシーに、エストレラ様が目を見開いて驚いていらっしゃいます。
わたくしとエルシーを見ながらおろおろしているエストレラ様は、新鮮で可愛らしいですね。
神を味わうことができ、エルシーにどう思われていようがどうでもいいわたくしは、口元が緩みっぱなしです。グフフフフ。
剣幕、困惑、幸福──混沌とした空気を破ったのは、エストレラ様でした。
「あっ!そういえば、さっき言っていたソーマってなに?」
一刻も早く空気を壊したいがために、焦って思いついたことをそのまま口に出したからでしょうか。こてん、と首を傾げたエストレラ様が幼く見えとても愛くるしかったため、わたくしとエルシーの心は浄化されました。
「んん゛、伝説とされる神々の飲料です。無病息災、子孫繁栄、万能薬、不老不死などの霊薬、甘露とされるものがソーマと言われております。また、人間がソーマを口に含む際、飲んだ者が望む効果を得られるとも言われております。ダンジョンやオークションで手に入ると言われておりますが、あくまで伝説ですので噂や偽物が出回っているだけです」
エルシーがソーマについて説明したので、わたくしは思ったことを恍惚とした表情で話します。
「エストレラ様がベッドの上で本を手にし、怪我をなされました。これはまるで天啓と言わんばかりの状況でした。 エストレラ様はわたくしの唯一神ですので、血を賜って不老不死となり、忠誠を誓うキスをして生涯を捧げることを求められ、そして認められたのだと。グフフフフ」
「戯言でしかないので聞き流してください。エストレラ様は女神であっても誰のものでもないのですから。あれを目にしてはいけません。お茶にしましょうエストレラ様。カリス様が暇すぎて時間を持て余しておりますので、カリス様の執務室でお茶会です。移動しましょう」
先程からわたくしの扱い方が嫌というほどにカリスとそっくりですね。
さすがはカリスの乳兄弟であり、エストレラ様ファンクラブ会員ナンバーワン。
エストレラ様に何かあれば互いを避難場所としており情報共有もしていますが……今回のことも当然報告するでしょうね。
記憶を消しましょうか──うーん、と頭では悩みながらも、仕事をすべく体を動かしていましたが、エストレラ様が見当外れなことをおっしゃいました。
「……えーっと、血はソーマ?で溜息は魅了魔法ならもはや人外だね。なら涙はポーションなのかな。なーんて……あははっ、カリスお兄様とのお茶会楽しみだなぁ……」
「畏れながら申し上げます。エストレラ様の涙は、光り輝くパープルダイヤモンドでございます。エストレラ様の清く美しい瞳から零れ落ちるのですから、ポーションごときの安物とは比べ物になりません」
「え、涙はダイヤモンド?……ふふっ、月に住んでいるうさぎさんみたい」
エストレラ様のお言葉を聞いた瞬間、わたくしとエルシーは動きを止めました。
エストレラ様はそれに気づかず、愛らしい笑みを浮かべながらベッドルームを退出され、わたくし共は置いていかれます。
「……エルシー」
「……」
「……空耳か?」
「……」
「「月に住んでいるうさぎさん」」
わたくしは耳を疑いましたが、どうやら聞き間違いではなかったようです。
エストレラ様は月にうさぎが住んでいると思っていて……月に住むうさぎの涙はダイヤモンドになる?…………うさぎさん。
ぐっ……だめです。神の新たな一面の供給過多で死にます。
外見はお美しいですが性格が勇ましいからでしょうか、いまの話はなんともメルヘンチックでギャップが愛しすぎます。
くそっ!何度わたくしを落とせば気が済むのでしょうか。
──はっ!とエストレラ様の思わぬ発言に心が乱れまくりましたが、閃きました。
「これだ!」
「急に大きな声を出さないでください、耳障りです」
「グフフッ、今年の集会は次が最後だからな……今年の優勝者は俺に決まったも同然だ!」
「!!くっ、最悪な事態がついに……」
常にエストレラ様の傍にいるエルシーは、マルバ家と同じく集会には全て参加できます。
エストレラ様のイチオシの話はできませんが、証人のような役割と書記の務めがありますからね。
エルシーは当然、集会には全て出席していました。
その彼女が認めたのですから、優勝は絶対ですね!
グフフフフ、とルンルン気分でベッドルームを退出しました。
昼から店が閉まるまでスイーツを買い漁っていたため帰宅時間が遅くなり、報告後カリスが出現場所への案内と魔物を殲滅するためシヴァを連れ回したので朝までかかりました。カリスにきちんと付き合うシヴァもまた、エストレラへの愛が重いので自分で回った方がいいなと思い、隅から隅までしっかりと見回りました。
ダイヤモンドではありませんが、涙が鉱物に変化することから連想したうさぎさんは、月に変わってお仕置きよ!と聞けばご存じの方はわかると思います。
血を口にしたシヴァが言っていた事に関しては、誰も理解できないのでシヴァに聞くしかありません。一応聞いてみます。
「はぁ、エストレラ様を理解できないなんて、何とも残念なお方ですね。いえ、失礼いたしました。どうぞ、存分に、羨ましがりなさい!グフフッ、わたくしとエストレラ様だけの繋がりですからね。わたくしだけが知っていればいいのです。グフフフフ」