ルンルン
※残酷描写があります。変態がいます。ご注意ください。
「おはようございます、エストレラ様」
「………………オハヨウゴザイマス」
「グフフッ、はい、おはようございます」
はぁ、と溜息を吐くエストレラ様の魅了魔法を本日もかけていただき、神への崇拝も欲もわたくしの想いは増すばかりでとどまるところを知りません。
あの日以降、合言葉を発することはできておりませんが、お傍にお仕えすることはできております。
「本日カリス様は、一日中練兵場で鍛錬するご予定です。アンサス様は、森の見回りをするご予定となっております。 エストレラ様はいかがなさいますか」
「読書とスイーツの贅沢三昧かな」
「かしこまりました」
貴族でありながら、読書とスイーツを贅沢だなんておっしゃるのは、謙虚にして驕らないエストレラ様のみかと思います。
本当に、エストレラ様は稀有な存在ですね。
このように神聖なエストレラ様の兄であるお二人のご予定をお伝えするのは、エストレラ様にとっては必要ないことです。ですが、今日は何をしているかを知っていてほしい、という意味と共にお食事やお茶会をしたい、するよ、という意味を持つので一応でも報告するべきことなのです。
兄二人が暇だと宣言したので、本日はお部屋に引きこもるようです。
その場合のわたくしとエルシーの仕事は、エストレラ様を見守る壁と化し鳴りを潜めることです。
「ああ、何か好まれるお話だったのでしょうか……微笑んでいらっしゃいます、髪を耳にかける仕草も可憐です」
「グフフッ、お気に召したスイーツだったのでしょうか……夢中になっていらっしゃいます、お口をモグモグさせる様が愛らしいです」
顔を上げてこちらを見ていらっしゃいます。見つめられているので、微笑みました。溜息を吐かれましたが、顎に手を当てて何か考えていらっしゃいます。
ご要望があるのかを確認するため、エストレラ様に近づきます。
「エストレラ様、何かご入用でしたらお申し付けくださ──え?エストレラ様?」
「何か用事か?はっ、エストレラに何かあったのか!?すぐに部屋に行かねば!」
わたくしが突如現れたことに驚かなかったカリスは、わたくしの言葉には驚きを見せ、言葉だけ拾ってその場を後にしました。
追いかけなければ、と思いますが何が起こったのか理解できません。エストレラ様のお部屋にいたはずのわたくしはいま、練兵場におります。
呆然としていましたが、答え合わせをせねば!と気を取り直してエストレラ様のもとへ戻ります。
「エストレラ、何かあったのか!?怪我はないか!?」
「マナーがなっていませんよ、カリス様」
「何も問題ございません、カリスお兄様」
「そうか、よかった。すまない、あいつが来たから何かあったのかと……。じゃあ、お茶会の誘いだったのか?」
「いえ──「エストレラ様!いまのは一体、どのようにして転移魔法をかけたのですか!?」
「無礼極まりないですよ。礼節を重んじなさい、シヴァ」
「ああ、申し訳ございません。そして、失礼いたします。 コホン、改めましてエストレラ様、どのようにしてわたくしに転移魔法をかけられたのですか?」
興奮が醒めませんが、いまなお睨んでくるエルシーに言われ挨拶をして話を戻します。
そう、わたくしはエストレラ様に転移魔法をかけられたことによって、練兵場へと飛ばされたのです。
ですが、エストレラ様には触れていませんし、触れられていません。
無論、詠唱も聞いておりません。
「転移魔法?」
「はい。あまりにも騒がしかったもので、カリスお兄様にしばかれ……しばらく共に鍛錬でもしてくればいいのでは?と思い、練兵場に飛ばしました」
「あれに触れたのか!?手を貸しなさい。洗浄、洗浄、洗浄、洗浄──」
「ふふっ、大丈夫ですよ。触れていませんから。でも、ありがとうございます、カリスお兄様」
先程も思いましたが、本当にエストレラ様に関しては行動が素早いですね。早口で洗浄魔法を何度もかけています。
同じ部屋に本人がいるというのに失礼ではないでしょうか?と眉を顰めますが、今更なことですしそんなことはどうでもいいです。
「エストレラ様、触れていないのにどのようにして魔法をかけられたのですか」
「確かに。どうやったんだい?」
「どう、と言われても……」
わたくしとカリスに迫られたせいか、エストレラ様は言葉を詰まらせていらっしゃいます。
「シヴァに向かって、手を払われていらっしゃいました」
「「手を払った?」」
エストレラ様をお助けすべく、エルシーが答えましたが、エストレラ様は目を見開いていらっしゃいます。どうやら、答えてもいいのかどうかを迷っていらっしゃったようです。
まったく何ともお優しいですね、エストレラ様は。
おそらく、わたくしに対する扱いを気になされたのでしょう。
わたくしもカリスも、そんなことは気にしません。
……むしろ、もっと傲慢な態度をとってほしいと思うのですが。
もちろん、わたくし限定で。
「はい、手を払ったらできました。カリスお兄様のことを考えながら魔法をかけたので、練兵場に飛ばされたのかと思います」
「そうか、俺のことを考えてくれていたんだね。嬉しいよ、エストレラ。一緒に休憩しようか。 エルシー、お茶を用意してくれ」
「かしこまりました」
そんなことをするだけで魔法が成功するのでしょうか、初めての魔法をわたくしにかけてくださったのか、と驚喜しておりましたがエルシーが退出したことを表す、カチャという微かなドアの音で箍が外れました。
「素晴らしいです!触れずに転移魔法をかけられるなんて……さすがエストレラ様です!」
「ふっ、何をいまさら、エストレラは俺の最上で最愛の妹だ。素晴らしいなんてものでは足りないだろう」
「グフフフフ、わたくしだけの、わたくしのための魔法ですね。恐悦至極に存じます、ありがとうございます、エストレラ様」
「はぁ!?お前だけの魔法だなんて勘違いも甚だしいぞ、シヴァ!レラ、俺にもかけてみてくれるかい?」
「うーん、カリスお兄様にはかけられません」
「え!どうして!?」
「グフフッ、わたくしのための魔法ですからね」
「シヴァは黙っていろ。エストレラ、理由を教えてくれるかい?」
わたくしを睨んだと思ったら、悲しげな表情でエストレラ様を見ていらっしゃいます。
はっ、まったく嫉妬も甚だしいですね。
どう考えてもわたくしのための魔法でしょう。
エストレラ様は、他の人間と比べてわたくしに対しては、少し遠慮がないように思いますからね。なので、わたくし限定です!
無詠唱で転移させるものに触れずに、手を払うだけで転移魔法をかけられるなんてさすがですね。
わたくしにもできるでしょうか……うーん、カリスに試していますが飛ばされませんね。推し、いえ、神の魔法は特有性なのでしょうね。
「カリスお兄様を無碍に扱うなんてできません。大切なお兄様と彼は全く違うのですから。 転移魔法をかけられたいのであれば、お帰りの際は必ず、触れて練兵場にお送りいたします」
「うっ、大切……俺も王都に返さず、ずっとそばにいてほしいと願うくらいエストレラのことを愛しているよ」
「重いぞ、カリス」
「重いですよ、カリス様」
おっと、心の声がそのまま口からこぼれてしまい、エストレラ様を抱きしめているカリスに睨まれています。しかし、ティーセットを乗せたワゴンを手に、部屋に戻って来たエルシーも同意のようです。
その後、カリスとティータイムを楽しんで、約束通り手を取って練兵場に送り届けていらっしゃいました。
あんなデレデレした顔をしながら、頭に何度もキスをしている兄に触れることができるなんて、寛大なお心をお持ちのエストレラ様だけだと思います。
まぁ、後ろから抱きしめられていたため、そのだらしない顔は見えていらっしゃらなかったと思いますが。
正確に言えば、エストレラ様を後ろから抱きしめ、両手を繋いでお腹に手を当てた状態でした。あんな姿で練兵場に戻れば、騎士たちに睨まれてやっかみを受けるでしょうに。
いや、それを理解したうえで戻って、嬉々として鍛錬をして実力の差をも見せつけるのでしょう。
騎士だけでなくわたくしにも見せつけるなんて……。
最後ににやけてわたくしの方を向くとは、なんとも性格の悪い奴ですね。
悪魔であるわたくしが認めてやりましょう。
エストレラ様と血が繋がっていることは認められませんが。騎士連中に叩きのめされてしまえばいいのです、と怒りを胸に納めながらエストレラ様がお戻りになる前にお部屋を整えるべく、従者としての仕事に取り掛かりました。
シヴァはエストレラに辛辣、ぞんざいに扱われる事に対して喜びを感じています。屋敷ではシヴァ限定という特別扱いに、感極まっているのです。なので、転移魔法は本当に嬉しい事でした。