食事会
「あぁ、完璧です!非常にお美しいです、エストレラ様!皆様目にしたら、度肝を抜かれると思いますよ。 さぁさぁ、お早く。皆様楽しみにエストレラ様をお待ちになっていらっしゃいますよ」
「みんなありがとう、お疲れ様」
目を潤ませながら拝むように手を組んでいたり、きゃあきゃあ感想を言い合っていたり、未だに気分高揚中のみんなには悪いけど、私は体も心もついて行けない。
お礼を言いながらゆっくりのっそり歩き出す。
動きが遅いが、これは体が重いのか心が重いのか……。
私は何もしていないけど、精神的に疲れてしまった。
ホールケーキ様がなければ、気力が持たず逃げていたと思う。
そう思うほどみんなの熱気がすごすぎて、大変だった。
あの合言葉がなければ、いつも通り装飾の少ないシンプルな装いで済んだのに……。
王都に行って魔法を使う生活に慣れていたから、すっかり忘れていた。
ドレスルームからわざわざ候補を運んで、追加しては追加して、を繰り返していた。というか、それぞれが着せたいドレスを選んで持ってきていた。
あんなドレスあったかな?とか、何人いるの?とか思ったけど、ドレスの数が多すぎて目が眩んだから自分を閉ざした。
人形と化していたけど、キャッキャッしているみんなは気にせず「これはダメ、やっぱりコッチ、これだわ!」と大盛り上がり。
お茶にしよう?と休んでほしいことを伝えても、「時間がありません、お気になさらず」と全く聞く耳を持たず、本当に時間ギリギリまで奮闘していた。
キラキラと輝くラメの入った総レースの絹衣、肩を出したオフショルダーのAラインのドレス。ドレスの色は、雲一つない綺麗な夜空のようなネイビー。レース入りストレートヒール、ハーフアップした髪に小花が可愛いヘッドドレスとイヤリングはシルバー。
……うん、本当にお疲れ様でした。
「うっわ、エ、エエエストレラ様のご入場です!」
やっとついたなぁなんて呑気に思っていたら、この先はパーティー会場なの?と思うほどの声量と言葉に驚いてしまう。
そんなゴクンと息を呑んでまで大きな声で言わなくていいよ、と微笑んだが目を逸らされてしまった。
「んん゛」と口を覆い顔が赤くなるほどの声量で言ってくれたんだな、と感心しながら歩みを進めると、目の前には本当にパーティー並みの豪華な料理が並んでいた。
驚きながらも、ドレスの裾を軽く摘み上げ身を屈めた。顔を上げ自席に着こうと歩き出そうとしたら、座っていたはずの二人がいつの間にか私の前に立っていた。
「星々が煌めく明るい夜空から舞い降りた女神のようだ。魅了されたよ、エストレラ」
「可愛い僕の精霊が今宵はとても美しいね。目が離せない程綺麗だよ、エストレラ」
お気に召したようで笑顔でそう言ったカリスお兄様とアンサスお兄様が、私に手を差し伸べる。エスコートしたいようで、にっこりと笑ったまま道を塞ぎ微動だにしない。
ふふっと笑ってそれぞれに手を添えると、手の甲にキスをしてから左にカリスお兄様、右にアンサスお兄様が立って席までエスコートしてくれた。
二人の自然なエスコートに、慣れているなぁと目を細めながら席に着く。
ふと、先程のカリスお兄様の言葉が気にかかった。けれど、目の前に並ぶおいしそうな料理が優先だよね、と久しぶりの家族みんなでの食事を楽しむことに専念した。
「そういえば、レラはまた新しい魔法を成功させたと聞いたが、どんな魔法か教えてくれるかい?」
「え!また何か考えたの?本当にレラはすごいね。僕にも教えてほしいな」
料理と会話を楽しみながら時間が過ぎていく中、これからスイーツって時に、カリスお兄様が魔法について聞いてきた。
何かあったかな?と一応考えながらスイーツを口に運ぶ。
「ふふっ。思い出せないほど簡単な魔法だったのか、スイーツがおいしくて夢中になっているのかわからないが、可愛いエストレラ。着替えるための魔法だと聞いたが」
「え、着替え?」
「着替える魔法?──あぁ、今朝の魔法ですね」
コクンと頷いて、別のスイーツを皿に取ってもらい楽しむ。ふふっ、おいしい。
じっと見られているけど、スイーツを楽しむ手は止めない。
「微笑みながらスイーツを頬張っているレラが可愛いので、あとにしましょう兄上」
「んん゛、可愛いのには同意だが、レラの魔法を知りたいから教えてくれないかい?」
「うーん、教えると言ってもそのままの意味ですよ。着替えるための魔法です」
「その魔法は人前で見せることはできる?怪しからん奴もいるから、心配なんだ」
そう言いながら、チラリとどこかに目を向ける。カリスお兄様の視線を追ってみると、悪魔が微笑んでいた。あぁ、悪魔が報告したのか、と理解した。
「シヴァ!お前なんてずる……怪しからんことを……」
「脱がずに着替えることができるので、ご心配には及びませんよ」
ずるいって、別に魔法なんてお兄様たちはもちろん屋敷にいる人たちも使えるし、見ているだろうに。……新しい魔法を使った時にいたからずるいってこと?
というか、私は変態悪魔の前でそんな無防備な姿をさらすつもりはない。私にだって警戒心はあるのだ。心配性に終わりはないのだろうか、と疑問に思いながらも微笑んで答えた。
「そうか、よかった。 見なくていいよ、エストレラの目には毒だからね」
「毒とは……害するではなく欲する、という意味であるなら大変光栄ですね。ありがとうございます、カリス様」
「ふんっ、お前のような悪辣な男は猛毒でしかない。依存することなんて、万に一つの可能性もありはしない」
仲がいいのか悪いのかはわからないけど、気安く話す間柄みたいね。
カリスお兄様の言い方からしてエルシーもいろいろ報告したのだろうな、と耳にしながらもまだスイーツを楽しむ手は止めない。
「……カリス様は怪しからん奴に当てはまりますので、魔法をお見せにならない方がよろしいかと存じます」
「怪しからん奴はお前だ。お前は見たのに兄である俺が見られないなど、あってはならないことだ。 エストレラ、俺にも見せてくれないか?」
ほっとしながらも「着替えの魔法を見てもいいのか?」とどんな魔法か想像できないアンサスお兄様は、悩んでいるため会話からはずれていた。
カリスお兄様と悪魔は、互いに微笑みながら言い合っているので無視していたが、こちらに戻って来た。
「かまいませんが、今日はみんなが張り切って整えてくれたのです」
「あぁ、確かに。エストレラの美しさを引き立てているし、とてつもなくよく似合っていて最高すぎるからそのままの方がいいな」
「ん゛、ですので、カリスお兄様のお洋服をおひとつお借りしてもよろしいでしょうか?」
諦めようとしたのか、一瞬悲しげな顔を見せたので、つい言葉にしてしまった。私は可愛い子には弱いのだ。
驚いていたけど、すぐさま笑って「もちろんだよ」と言ってくれた。
失敗しないようにしよう、と人差し指を立てて集中していた私は、後に続いている話を聞いていなかった。
「よろしいのですか、カリス様」
「当然だろう。レラが見せてくれるのだから断るなんてありえない」
「そういうことじゃないでしょう。兄上、着替える魔法ですよ」
「知っているが?」
「はぁ、カリス様。わたくしが拝見したのは、お洋服を取り換える魔法です。つまり──」
「俺とエストレラの服がかわるのか!?ちょっと待っ──」
「「「え?」」」
「ふふっ、成功しましたね」
「ど、どうしてそうなっているんだ、エストレラ。俺のジャケットを、いつから着ているんだ……」
そう、魔法は成功した。もちろん、交換ではない。
カリスお兄様のドレス姿を少し見てみたいとは思うけど……。
許可なしにそんなことはしない。
そもそも、サイズが合わないからドレスが破裂しちゃう──想像してはいけなかった、おもしろい。んぐっ、こほこほ。
ふぅ、ではどういうことかというと、カリスお兄様のジャケットを、私がドレスの上から着ているのだ。
成功したからもういいよね、と人差し指を立ててカリスお兄様の方へと傾け、ジャケットをカリスお兄様のもとに戻す。
「「えぇ!?」」
「エストレラ、もう一度着て、着たらそのままでいてくれ」
「?わかりました」
言われた通り魔法をかけて私が着たままでいたら、カリスお兄様とアンサスお兄様が席を立って私の傍に来た。
風魔法で椅子を引いて横に向け、向かい合うようにした私をじーっと見ている。
袖を通しているか確認したいのだろうけど穴が開くのでは?と思うほど見ているなと思ったら、二人から発せられた言葉に拍子抜けした。
「可愛いよエストレラ!やっぱり大きいみたいだが、だぼっとしているのがまた可愛い」
「可愛いけどエストレラ、僕のも着て……いや、僕にも魔法をかけてエストレラが着ているところを間近で見たいな」
「ふっ、お前はジャケットを着て来ていないだろう、アンサス」
「!?何ということだ。なぜ着ていない……」
「邪魔だ、堅苦しいなどと言って普段から着ていないから、今更だな」
可愛いと言いながら私から目を離さず、目の前でずっとそんなやり取りをしているお兄様たちを放っておいたら、お母様から雷が落ちた。
「ねぇ、カリス、アンサス、食事の途中で席を立つなんていかがなものかしら。エストレラ、頼まれたからと言って何でもしてはいけません。いまは食事中ですよ。それに、今日は魔法禁止の約束だったでしょう。破ってはいけません」
「「「申し訳ございません、母上(お母様)」」」
しゅんとしながら、立ち上がってジャケットを脱ぐ。そして、ジャケットを広げてカリスお兄様に声を掛けた。
「カリスお兄様、腕を広げてください。左手から──」
「うん、え?……着せてくれるのかい!?」
「え?お母様から魔法を禁止されてしまったので、当然でしょう。また怒られてしまいます。着ないのであれば──」
「いや!着せてほしいな! うん、そうだね、怒られてしまうから、魔法は使ってはいけないね」
確認するかのように、頷きながら繰り返して言うカリスお兄様が面白くて笑ってしまう。
ふふっと笑っていたら、私を見ていた二人が口にする。
「ぐっ、レラが可愛すぎる。天使がいる」
「ぐっ、可愛いけど兄上ばかりずるいよ!レラ、次は僕のも着てくれ、いや、着させてくれ」
「席に戻ってください、お兄様」
「「わかった」」
そう言って終わりかと思いきや、二人がこちらを向いたままでいる。首を傾げたら、私の髪を一房手に取りキスをしてから席に戻った。
先程まで顔が忙しかった二人の雰囲気は一変して、私を見て微笑んだ顔も仕草もかっこいい。
人たらしめ、と思いながらキスされた自分の髪を見て、始めにカリスお兄様が言っていた言葉を思い出した。
あぁ、気がつかなくていいことに気がついちゃった。
昨夜あの悪魔が長々と話していた耳を疑うほどの誉め言葉、あれにカリスお兄様の言葉が入っているなんて……。
ファンクラブは嘘じゃないのか、と思ってしまう。
いや、たまたまかもしれない。聞きたくないけど。
いや、そもそも聞けないよね。私のファンクラブがあるのか、カリスお兄様が会長なのか、なんて馬鹿正直に聞いて困ることは目に見えている。
というか自殺行為だよね。聞いて何になるのか。
うーん、記憶魔法でいじれるのなら、消せるのなら私も使ってみようかな。
……私で試すのもいいかもしれない。
そんなことを考えていたがあとでいいか、と再びスイーツに視線を向ける。
スイーツを堪能しながら、約一年ぶりの家族との食事を楽しんだ。
こんな平穏な日々が続くといいな、と後に夢のような日だったことを知らずに眠りにつき一日を終えた。
お父様はエストレラを見た瞬間、「結婚させん」と小声でこぼし、それを聞いたお母様が「あらあら」と言いながらにっこりと深い笑みを浮かべながらお父様を励ましたり怒ったりしていました。
いないようで実はいたお父様は、エストレラに関しては口を噤み、影でお母様といちゃいちゃしていました。