グフフ
不慣れなことが多く至らぬ点もあるかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします。
「おはようございます、エストレラ様」
本日も我が主に一番早くお声を掛けることに成功いたしました。
わたくしは、マルバ辺境伯家の従者としてエストレラ様にお仕えしております、シヴァと申します。
まだ夢現の境を漂っているようで、わたくしの挨拶に対する反応はございません。
いつものことなので気にせず、身支度を整えるお手伝いをさせていただこうと近づきます。
すると、いつの間にか部屋の外に追い出されていました。
これもまたいつものことなのですが……。
「グフフフフ」
「笑ってないで早く仕事に戻れ、気色悪い」
扉の前に突如現れたシヴァに驚きもせず、横目で見た護衛が言葉をこぼす。
怪訝な態度を隠すこともなく、溜息をつきながら警戒を怠らない。
隙を見せないその姿は精悍だ。さすが国境を守護する辺境伯家の護衛だけある。
グフフッ、おっと、笑いが漏れていたようです。
エストレラ様の部屋の前に立つ護衛に叱られてしまいました。ですが、仕方のないことだと思います。
普段は詠唱せず手を払うだけの転移魔法をかけられるだけですが(わたくし専用!)、今朝は眉間に皺を寄せて汚物を見るような視線をいただきました!
払われた時には、風に乗ったエストレラ様の芳しい香りがしました。
……本日のイチオシは、睥睨された時の愛らしい表情とパープルダイヤモンドのような美しい淡紫の瞳を向けてくださった、いまこの時かもしれません!!
──いえ、やはりまだ今日は始まったばかりなので、エストレラ様を一挙手一投足まで見逃さないよう観察します。
「グフフフフ」
魔法をかけられただけでなく、一瞬でも彼女の視界に入ったことに歓喜している男の笑いは止まることなく、むしろ溢れまくっている。
顔の表情は崩れ、グフフとにやけながら幸せオーラを放つ従者の足取りは軽く、浮かれながら仕事に戻る。
「本当にあの方は最高ですね。……あの時、パーティーを覗いたのは僥倖でした」
自然な笑顔が黒く闇深い不気味な微笑みへと変貌し、その場の空気が重く冷たくなる。
シヴァの頭の中は常に、主であるエストレラでいっぱいだ。
いまは先日開催された王都でのパーティー────彼女との出会いを思い出していた。