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狂気 35

 半日もあればアナーヒターの魔力は半分ぐらいには回復しているだろう。ならば、やはりここでイルゼを一度殺しておくのが安牌だろう。


 そうして腕を抑えてしゃがみこんでいるイルゼへと近づきながら、杖を構える。


 「もう、終わったと思っているのか……?」


 それはアナーヒターに対しての問い。


 もう負けたはずのイルゼ……いいや、ソレはギロリと目を動かし、睨み続ける。


 アナーヒターはその異様な雰囲気へと心が一気に引き込まれてしまう。


 「お前は……もう、負け…たんだよ」


 右腕が使えない。左腕だけで戦闘継続できるかもしれない。だが、片腕だけでアナーヒターへに勝つ。その確率は無いに等しいと言っても過言ではない。


 圧倒的優位、もう勝ち目しかないアナーヒターの顔から汗が流れる。それは戦いで体を動かしたことで体温が上昇したゆえの汗ではない。何か…人では理解出来ない、得体の知れないナニカに踏み込もうとしていることから生まれる冷や汗であった。


 (私は何を恐れている?)


  イルゼのブレない視線、その眼の奥に宿る感情。何を考えているのか、予測できないほどに何かがそこで強く揺らめている。


 「そう…だな……。もう戦闘継続は不可能だ」


 イルゼはだらり、と腕を垂らしてダルそうな動きでゆっくりと起き上がる。


 「楽しかったよ、気持ちよかったよ。アンタとの戦いは実に有意義で、昂らせてもらった。でも、ここで終わる気はさらさらないんでね!!」


 それは、イルゼの正真正銘、最後の一撃。


 残った左腕で素早く殴り掛かる。だが、これまでとは違う。体に残った魔力を全て纏わせたこれまで以上の破壊力を持った一撃であった。


 (まだ抵抗してくるのか!?)


 まさかの展開で驚くアナーヒターだったが、事前に杖を構えていたということもあり、その拳の向きを逸らそうと杖先で突きを入れるアナーヒター。


 杖と拳がぶつかり、そして―


 「ぐッ!!」


 アナーヒターは数十メートルも吹っ飛ばされてしまい、後ろにあった建物の壁へと大きく背中を叩きつけられてしまう


 だが、拳の直撃を防ぐことには成功した。


 イルゼの攻撃で恐ろしいのは、あの体の内部で反響するようにやってくるあの痛みだ。魔術で痛覚遮断してもやってくるその痛みは、思考と動きを鈍らせられる。


 魔力で体を守るように覆っていたということもあり、ほとんど無傷の状態だ。


 アナーヒターは重い体を立ち上がらせ、イルゼの方を見る。


 先ほどの攻撃の衝撃だろうか。深く被っていたフードが外れ、その素顔が露わになる。


 それは金色の美しい髪のエルフであった。


 「同族だったのかよ。ステゴロだったから普通の人間だと思っていたけど……」


 そのようにイルゼの姿を見て少し驚いていたアナーヒター。しかし、すぐに驚いていられない状況へと場面は展開される。


 イルゼはここぞと言わんばかりに動き出し、残った魔力で身体強化し、その場からものすごいスピードで逃げ出していく。


 「そうくるか…最後の最後まで悪あがきしやがって…!」


 アナーヒターはすぐさま彼女を追いかける。しかし全くその距離は縮まることはなく、またどんどん引き剝がされていく。


 (速いな!まだそんなに体力があったのか。腕じゃなくて足の方を使えなくしておけば良かったか!?ちぃッ!今考えても後の祭り。とにかく見失わないようにしろ!!)


  アナーヒターはあきらめず、左手で負傷した右腕を抑えながら必死に逃げるイルゼを追いかける。

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