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狂気 34

 イルゼは苦悶していたのが、自分の腕の状態を確認してしばらくは放心状態になる。


 いつの間に自分の腕はれほどまでに、手遅れな負傷を負ってしまったのか。


 いいや、どのタイミングかは分かる。きっとアナーヒターが杖を上から下へと突き下げた時だ。もともと拳が狙っていた位置は顎だ。そこから狙いが外れて胸部へと当たった。その時点で杖と拳がぶつかってしまったという事実が浮かび上がってくる。


 きっとそこだ。そのタイミングで完全に腕がイッてしまったのだろう。


 そして、それを理解した辺りから再び痛みが彼女へと押し寄せてくる。


 「ちッ!!」


 だが、今は痛みなど、どうでも良い。イルゼにとっては戦闘での負傷による痛みなど、慣れたものだ。今では負傷することが楽しいというまであるかもしれない。


 だが、これは明らかに致命的な負傷。


 この致命的というのは命の危機かどうのこうの、という話ではない。きっとこの腕を放置しておけば出血多量とか、傷の悪化、何かしらの病原菌の侵入口となって死に至ることはあるかもしれない。だが、今のところ、まだ死ぬ可能性のある傷ではない。


 では、何が致命的なのか。


 それは戦闘継続不可能という意味だ。


 彼女にとって重要なのは生きるか死ぬか、ではない。戦うことが出来るかどうか、である。


 まだ左腕は残っている。しかし、片腕が使えない時点で敗北は確定的になったのは明らか。


 「くッ…そォ…ァ」


 イルゼはとてつもなく悔しい気持ちと、もうアナーヒターとの楽しい戦闘の時間が終わったことによる悲しい気持ちがあふれ出す。


 「くっそォがァァァァ!!」


 アナーヒターは嗤う。


 「ははッ!さすがに戦闘狂のアンタでも、なァ!」


 アナーヒターはイルゼのように戦闘狂ではない。ゆえにイルゼのその言葉、声色は痛みから来るものだと思っていた。そのため、これは『アンタでも苦しいだろう?』という意味の言葉であった。


 もちろん、イルゼからすれば的外れなセリフだ。だが、もうその言葉に反応する気力もない。


 「さて、一旦殺してもいいけど、どうしようかな?」


 アナーヒターは杖を構えて考える。


 もちろん、本当に殺すつもりはない。イルゼにはいろいろと聞きたいことが山積みだ。魔術で拘束するか。だがもう魔力は少ない。きっと中級レベルの拘束魔術であれば力づくで逃げ出される可能性がある。


 であれば、殺した方が良いかもしれない。ただし、アナーヒターの魔術で治せる程度の負傷に抑えておく必要がある。術聖と言えども医療知識が深いわけではないため、どんな怪我でも治せるわけではない。脳がぐちゃぐちゃになっていたり、見た目でどうなっているか分からないような複雑な負傷はどうしようも出来ない。


 また出血多量も同様に治せないだろう。何せ、血液にも赤血球や白血球、血小板など、色々な成分が含まれている。それを計算して血液を生み出し、負傷者の血管へと流し込むなどかなりの知識がなければ無理な話だ。魔術師の頂点である術聖でどんな医療系の術が使えても、医療知識を極めた者ではない。


 だが、一部の臓器の復元程度ならば可能だ。例えば止まった心臓や肺を再稼働させるなどはアナーヒターでも可能。つまり、キレイにイルゼの心臓、もしくは肺の動きを止めることが出来れば再び蘇らせることが可能ということだ。といっても、一日以上経ってしまえばさすがに体中の細胞に酸素が行き渡らなくなり、脳の細胞が死滅し、蘇らせることは不可能になるのだが。

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