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狂気 31

 その化け物の破壊された瞬間を、トーゼツとアナーヒターも見ていた。もちろん、敵であるローブの少年とイルゼも同様に視認していた。


 「もうやられたのかよッ!もう少しばかり場を乱してほしかったけどな!」


 そのようにあの化け物が思っていたほど活躍しなかったこと。あんまり強くなかったことに落胆する。


 そんなイルゼの体はボロボロで、魔力を纏う拳も血で真っ赤に染まっていた。それは相手のアナーヒターの血も混じっているのかもしれない。だが、表面の皮膚が抉れ、一部骨が見えているその拳を見ると、付着している血のほとんどがイルゼのものであるのが分かる。


 しかし、表情は苦悶のものではない。それは戦いによって生まれた充足感によって搔き消され、もっと楽しくありたいと嗤う顔であった。


 そんあイルゼの視線はまだ上空の方へと向かっていた。


 「しかし、あの術はあの少年魔術師のものじゃないか!?絶大レベルの魔術展開とはね!さっきは上級魔術が発動できるかどうかの魔術師だと思っていたけど……誰かしらの援助でも受けていたのかな?どちらにせよ、伸びしろがあるねェ!」


 もしも次に会うことがあったら、その時はもっと楽しませてくれるかもしれない。そのように想像し、新しいおもちゃを見つけた気分になり、嗤い出すイルゼであった。が―


 「よそ見できるほど余裕はあえるのか?」


 その言葉が耳に届いた瞬間に、慌てて拳を振り上げるイルゼ。


 バシィンッ!と日常生活では聞かないような音が炸裂する。


 襲い掛かってきたのは、アナーヒター。彼女の攻撃手段は魔力の込められた杖の一振り。しかし、その杖には水がまとわりついている。しかも、高速でその水は流れている。水圧カッターというか、ウォータージェットというか……とにかく凄まじいほどの流水速度である。


 当たり前の話になるが、物体の速度は直線運動している時の方がスピードが出る。何を言っているのか、と思うのであれば車などで考えてもらえれば分かりやすいだろう。


 車がスピードを出している時、速度を維持したまま急カーブするのは不可能だ。もしも速度維持する場合はずっと直線で走らなければならない。


 しかし、水圧カッターを彷彿とさせるほどの速度で流れる水はうねうねと杖の周囲を巡っている。その速度を安定させた状態で、だ。


 魔術は万能ではない。だが、万能じゃないか?と思わせてしまうほどの才能を持った術師は歴史上、存在する。そして目の前にいるアナーヒターもまた……。


 「っと、危ない!」


 拳で杖を上へとはじく。一部の流水が衝撃ではじけるとイルゼの血と混じって赤く染まり、周囲にはじけ飛ぶ。そして追撃が来る前にバックステップで距離を取るイルゼ。


 うまく攻撃に対応して見せたイルゼであった。しかし、はじくために杖に触れた拳はまとわりつく流水にも触れ、さらに肉を抉り取られる。抉られすぎて手の甲の骨が見え始める。


 ちゃんと拳は魔力を纏っている。それは攻撃力を上げるために纏っているものだが、鎧のように身を守る役割もあるのだ。だが、その魔力の鎧をあの流水は貫通してくる。

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