手合わせ 3
職というのはこの世界で自分の意志で勝手に決められるものではない。
この世界の子供は大体十三歳になったとき、神殿へと行く。もちろん、行く歳は個人によって違う。十四歳になって行く者も、もっと早く神殿に行く者もいる。
しかし、働くようになるまでにはほとんどの者が神殿へと行く。
そして、そこで神官を通して神々からの評価を受けることになる。といっても、水晶玉に手を置くという簡単なことで、そんな複雑なものではない。
そこから水晶玉を通して自分はどんな才能があり、何に成るのが適正なのか、判断してもらうのだ。
例えば、剣の才能がある子供がいるとしよう。その子供は神殿で神々から剣の才能があると判断される。そうして、神々から述べられ、問われるのだ。『貴殿には剣士としての才能がある。剣士への道を進みたいと思うか?』と。
そして、剣の道に進みたい、と神に言えば、そこで神々から『剣士』という職業、称号と言ってもいいかもしれない。とにかく、剣士というものが与えられる。
だが、それはただの称号ではない。その少年には剣の技術を身に着けやすくなるというバフが生涯にわたって永遠に与えられるのだ。
これは聞こえが良いかもしれないが、それだけではない。
逆に、別の技術を身に着けにくくなってしまう。例えば、魔術が低級魔術しか身につかない、ほかにも槍術、弓術なんてものも低級、中級しか取得できない、など。
それに、才能があるからと言って、それが自分の成りたいものかどうかという話もある。
なので、その職を受けないことも多いし、二個、三個と才能が一つではない、多才である可能性だってある。
しかし、トーゼツにはそれがなかった。
それは、無常な現実。
成りたいものに成れない以上に、成りたくないものの才能すら無かった。
神々から祝福を受けられなかった男である。
「……」
トーゼツはすぐにはミトラの疑問に答えきれなかった。それは、冒険者でいる理由がないからではない。単純に、才能のあった剣聖ミトラに才能が無いという事実を改めてぶつけられたことで、かなり心にダメージを負ってしまったからだ。
そこから数秒経って、多少ダメージが和らいだことで彼は口を開く。
「ガキだと思われるかもしれないが…俺は英雄になりたかったんだ」
子供のころ、憧れた物語。英雄がドラゴンを討伐する。勇者が世界を救う。強い者が弱者を守る。なんて美しくて、素晴らしい光景なのだろうか。
自分も彼らのようになりたい。
人々を守りたい。
しかし、自分には何もかもなかった。
だからこそ諦めきれなかった。
まだ、医者としての才能があれば、医者になっていたかもしれない。画家としての才能があれば、今頃絵を描いていたかもしれない。
だが、それすらもなかった。
自分には神々から道すら与えられなかった。何者になるのか、自分の手でその全てを切り開かなければいけなかったのだ。
そうして彼は切り開こうとした。憧れる英雄、勇者、強者へと至る冒険者への道へと。
「……夢、か。神に頼らなくても、突き進むんだね。君は」
再び自分に才能が無いことを自覚してしまったと同時に、なぜこの道を進み続けるのか。その理由も再度、思い出せたことで彼の目は強い力を持っていた。それは、覚悟。絶対に夢に破れないという、意志の表れ。
その様子を見て、ミトラ自身も共鳴するように覚悟を決めていた。
「それで?どうして剣聖さんがここにいるのよ?」
今度はメユーがミトラへと質問をする。
「まぁ、暇つぶしが半分ね。残りは私も魔獣狩りでもしようかな、と。厄災討伐が近いし、少しばかりは鍛錬にはなるでしょう?あとは、先日助けた冒険者の姿が見えたから、あのあとは大丈夫だったかを聞きに来たぐらいね」
そういうと、トーゼツは突如、何かを思いついたようでハっとした表情になる。
「そうだ、面白いことを思いついた。俺と手合わせお願いしても良いか?」
まじめな表情で、真っすぐな目でトーゼツはミトラを見る。