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狂気 17

 一瞬のことであった。だが、その一瞬でイルゼの身体は血で真っ赤になり、身体のあちこちに剣で斬られたかのような傷が出来ていた。


 魔力を貫通し、皮膚を超え、肉を明らかに裂いている。


 顔にも、右頬に大きな斬り傷が出来ており、そこから顎に向かってツーっと血が滴り流れている。


 思考が乱れた。


 動きも止まってしまった。


 「中級魔術!!」


 それを機にエルドが魔術を唱える。


 「〈光縛こうばく!」


 イルゼの足元から光の触手が出現。そのまま彼女にまとわり、捕まえようとする。


 しかし、すでにこの術を見たうえに一度この身で受けたのだ。最初は不意打ちだったというのもあり、解除にかなり手こずりもした。しかし、もう簡単には捕まえさせない。


 「ははッ!さすがに二回目は――」


 魔力を帯びたその手を強く伸ばし、手刀であっという間に向かってくる触手をちぎっていく。それはまるで剣の刃のように、スパっと綺麗に。


 しかし、それを分かっていないエルドではなかった。


 彼の目的は束縛じゃない。今回は……


 (前回より光っている?)


 彼女は手で斬りながらそのように感じ始める。


 最初、受けた時はこれほどの光ではなかった。それに、引き千切ったあとはすぐに触手は魔力をなって霧散して消えていた。だが、今回の触手は斬ってもすぐには消えず、数十秒は空気に漂って残っていた。それは彼女の視界を遮るように。


 そこで彼女はハッとする。


 アナーヒターの姿が見えない。


 そう、思った瞬間であった。


 「ぐゥ!?」


 腹部に強い衝撃が奔る。その直後、彼女は地面から足が離れ、三メートルほど浮いてしまっていた。また、身体は痛みで痺れ、突然のことで思考がまとまらない。


 ただ、地面には杖を振り上げた姿をしたアナーヒターが立っていたという事実があった。そこから自分は杖で腹を狙われ、打ち上げられたということだけを理解する。


 また、このタイミングだと思い、エルドはアナーヒターへ視線を送る。そのアイコンタクトにすぐ気づいたアナーヒターは軽くうなずく。


 ちゃんと状況を理解してくれたとエルドは分かると、少し前に計画していた通り、彼はその場から離脱していく。あの暴れ狂う龍の姿をした化け物を倒すために。


 「がァ!」


 上空にいたイルゼは身体が動ず、態勢を立て直すことも出来なかった。そのまま無様な姿で地面へ落ち、勢いよく大地に背中を打ち付ける。


 そこに追撃を入れることはなく、アナーヒターは冷静に、すぐに術を発動させられる構えを取る。


 「どうする?まだやるかい?」


 ここで確実に仕留めておきたい気はする。だが、トーゼツは別の男を相手にしていること。あの化け物の姿をした龍もいること。それらのことを考えると、彼女を倒したあとも、このまま連戦になっていく可能性が高い。


 となると、魔力も、体力も温存じておくことが重要だ。


 ここで諦めてくれるとは思えないが、退いてくれるのであればありがたい。


 彼女はそういう気持ちを込めて、倒れているイルゼへと尋ねる。

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