狂気 16
しかし、アナーヒターの言葉はそれで終わらなかった。彼女はエルドに向けて、彼のある程度の力と技術を信頼してお願いする。
「アンタには別にやってほしいことがある」
そうして彼女は上空へと目をやる。
その視線の先には、龍の姿をした化け物は風に流れて飛んでいた。
体中についた目をギョロギョロさせ、街を見ている。そして、獲物を見つけるとそこへ突っ込み、大きな口を開けて捕食する。また、周囲を顧みないその動きは建物を破壊していく。
そうして落ちてくる瓦礫で死んだり、突っ込んできた龍にぶつかり死ぬ者もいた。
そして、捉えた者を捕食し終えると再び飛び上がり、次の獲物を探す。
そうして龍の姿をした化け物は被害をどんどん拡大させていた。
「きっと他の冒険者やこの国の兵士も動いているだろうけど、混乱はまだ続くだろうし、あれを倒せとはいかないけど、拘束したり、無力化ぐらいは出来るでしょ?」
彼は一瞬「無理ですよ!?」と言おうとした。が、それを言った所でどうしようもないのは分かっていた。
トーゼツとアナーヒターの手助けは出来ない。では、あの龍の姿をした化け物の相手をすることも出来ない。となれば、もうこの街から逃げるしかない。
強くなるために旅に出た。のに、ここに来て逃げ出すのは間違っている。
だからこそ、彼はその言葉も悔しさと一緒に飲み込み、「分かりました!」と覚悟を決めた顔でアナーヒターの言葉に答える。
「良い返事ね」
しかし、エルドの気持ちとは裏腹にあの龍を止められると考えていた。
それは、あのイルゼの動きを止めた魔術を見ていたからだ。
(無詠唱、とはいかなかったし、簡単に拘束は破壊された。でも、あの化け物みたいな女を拘束した事実がある。案外、エルドには魔術師としての才能がある。案外、あの龍も簡単に倒せてしまうんじゃないかってぐらいには……)
それに、アナーヒターもイルゼのあの言葉『運も実力のうち』というのも一理あると思っている。だからこその判断であった。
「さて、作戦会議はもう終わりでよろしいかい?」
イルゼは待ちくたびれたかのような、だるそうな声で叫ぶ。
「ああ、問題ないとも」
「っしゃ、行くぜ!!」
イルゼのそのセリフと共に、彼女は脚に力を入れ、一気に距離を詰めにかかる。
その瞬間、アナーヒターは手前五メートル先に二つのバリアを展開。
イルゼは先ほどの絶大魔術で展開されたバリアのことが頭によぎるが、アナーヒターが詠唱していないというのを考えると今回、展開したバリアは上級か、中級レベルの魔術と判断。
硬度はあれど、何かしらの反撃効果は無いと判断し、バリアを一撃であっという間に破壊。
しかし、その思考と行動に二秒、時間がかかってしまった。
それほどの時間さえあれば、アナーヒターにとっては充分であった。
バックステップでさらに距離を取りながら、彼女は目の前に大きな魔法陣を展開し、詠唱を始める。
「絶大魔術〈ブレイジング・エアー〉!」
魔法陣を中心に、突風は生まれる。
「はッ、こんな風――」
イルゼが嗤い、風を超えて進もうとしたその瞬間
「ッ!」
バスバスバスッ!と彼女を斬り裂く何かが通った。
それは空気。
まるで刃のように鋭い空気が、風に乗って彼女へと襲い掛かってきたのだ。
その威力は、身を守るように纏っている魔力をまるで紙切れのように貫通してくるほどであった。




