狂気 15
その二人のダサくあるも、片方は必至で、もう片方は腹を抱えそうな勢いで笑っているその面白い状況をアナーヒターが横から入り、終わらせる。
「それ以上は見てられんね!」
杖に魔力を込め、イルゼの拳をはじくように振り上げる。
拳と杖、しかし魔力で纏うことで威力と硬度も上がったその二つはカァン!と高い音を鳴らす。
拳が突然、はじかれると思っていなかったイルゼは大きくノックバックし、大きな隙が出来る。が、ここは追撃することはしない。すぐざまエルドの首の襟をつかみ
「お、おおッ!?」
アナーヒターは後方へ下がり、距離を取る。
「大丈夫?」
「なぁ、なぁんとかァ~!!」
一撃でも喰らえばどうなるか、分からないあの拳から逃げきれたことに安堵し、一気に身体中の筋肉が弛緩してしまい、ふにゃふにゃになるエルドであった。
「ひゃははッ、あーあ、おもしろ」
改めてイルゼは腹を抱えて、本気で笑い始める。
「マジかよ、私の攻撃全部、運と勘で避けやがって。まっ、私は運も実力のうちだと思っているタイプの人間だから、アンタは充分強いよ」
敵ながらにして、その賞賛はとても嬉しいものであった。
自分よりも圧倒的な格上。一体、どれほどの実力差があるのか、分からないほどに。そんな相手に『強いよ』と言われたのだ。
「あ、あざっす」
「何、ニヤニヤして嬉しそうにしてんの!?」
バシッ!とエルドの頭を叩き、戦闘の態勢を取らせるアナーヒター。
そうして互いの距離は約十メートル。
にらみ合い、構え、動かない。
ある程度、お互いの実力は理解した。力の底までは見たわけではない。ただ、どこまで渡り合えるのか、そこまで分かれば問題はない。
(ったく、アイツの計画じゃもともと、コイツとトーゼツの二人を相手する気だったってことでしょ?だから大したことないとか思ってたんだけど……)
ぶわり、とそれは炎のように揺らぎ、しかし水や風で搔き消えるほど弱くはない存在を放つ魔力で両手を覆い、手をゆっくり広げる。
「構えが変わったね。エルド、アンタはタイミングを見計らって離脱しろ」
アナーヒターはぼそり、とイルゼには聞こえないように彼につぶやく。それに合わせてエルドもまた聞こえないように小声で尋ねる。
「どうしてですか?」
「分かるだろ?アンタじゃあ何の助けにもなんない。逆にアンタが重荷になって上手く戦えないかもしれない。だったら、ここにいるべきじゃない」
それは、事実であった。
先ほども攻撃は避けていた。だが、相手の動きを完全に捉えきったうえで避けれているのであればどれだけ良かったことか。しかし、彼は運と勘で避けきった。
その時点でこの戦いについてこれないのは確かだ。
重荷になる、なんて言葉は悔しいし、言い返したくなるものであった。が、事実を理解しているからこそ、心の底から出てくるこの気持ちを飲み込むしかエルドはなかった。




