手合わせ
二日後の話になる。すでに厄災についての話は昨日で街全体に行き渡っており、多くのものが当初、不安していたものだが、それはもう昨日の話。
今日は大通りを多くの兵士が行進いわゆるパレードのようなものをしており、いつも以上の活気に沸いている。普段は見ることのない屋台を子供達が駆け回って巡っており、大人たちも昼間からアルコールを喉へと流し込む。そんな楽しい非日常が広がっていた。
無論、それだけではなかった。商人や貴族などの力を持った者は念の為と言って荷物をまとめ、この街から出る支度をしていた。また、ネガティブで悲観的な人間は「本当に助かるんのか?」「あれはこの街を厄災から救える力を持っているのか?」などと疑問の言葉を交わしていた。
そして、このお祭り状態の中心地であるその行進、その中でまさに英雄のように扱われ、迎えられているのは、トーゼツを助けたあの女剣士であった。
トーゼツとメユーも、屋台から食べ歩きできるような……例えるのであればケバブの肉に旨辛いスパイスをかけ、それをパンで挟んだようなものを食べ歩きながらその行進を眺めていた。
「どうする?私たちの出番、ないかもよ」
メユーはもぐもぐ、と頬張りながらトーゼツに言う。
「まぁ、俺が厄災と戦うのが重要じゃない。多くの人々が助かるかどうかという結果が重要だからな。俺たちの出番が必要じゃないっていうんだったら、別にそれで良い話だろ」
そう言って、トーゼツは大きく口を開け、そのケバブのような食べ物を一口で食べる。
メユーは分かっていた。納得の行っていないということを。
(……こればっかりは私が出来ることはないわね)
そう思いながらパレードの中、ゆっくり歩く女剣士を見つめる。
彼女は、厄災討伐にあたって派遣された剣聖ミトラ・アルファイン。
剣聖とは、戦士職の中にある剣士の上位職になる。しかし、剣聖になれるものは少なく、今、世界中ではたった三人しかいないとされている。また、他にも上位職は存在する。弓士の上位職の弓聖、槍士の上位職の槍聖、魔術師の上位職の術聖。その四つを合わせて四大聖と呼ばれている。
かつて厄災討伐を成し遂げた者も、全員四大聖のどれかの職を持っていたものというのも、同時に知れ渡っている話である。だが、同様に厄災に打ち負けた四大聖の者も多い。
自分ならばいける。そのように覚悟して挑むも、多くの四大聖がその命を無駄に落としていった。
「国を挙げてこの雰囲気を作ってはいるけど……これまでの歴史なんかを見ても、いけるとは思えないけどね。でも、国の上層部と冒険者ギルドの双方が考えた結果がこれだし、じゃあ討伐に参加しますって懇願しても、止められるだけだろうしね」
仮に止められなかったとしても、上層部の人間は「どうせ戦いになったらその激しさについていけず死ぬだけだし、そもそも剣聖でも倒せない可能性があるんだからどうでも良い」と判断して適当な返事をされるだけかもしれない。
ただ言えるのは今のところ、あのミトラという剣聖をを今のところ信じるしかない。
それに、あの一度決めたことは曲げないトーゼツが、しっかりと状況を読み切り、それを心の中で受け止め、不服ながらも諦めようとしてくれていることを喜ぶべきなのかもしれない。
彼女は人ごみの中を先へと進んでいくトーゼツの背中の方へと視線を変える。
(ここで駄々こねるかもしれないと思ったけど、抑えてくれるのは良かった)
それは、彼が大人になってきているという証拠なのだろうか。それとも、職も持たない自分のその夢が不可能で、出来ないことだと悟ってしまったからなのか……。
(まぁ、彼と冒険者活動を始めて五年以上。出会ったのはさらに三年、つまり今から八年も前。昔に比べて大人になってきているし、これを心が成長してきたという良い事だと信じておきたいところね)
だが、まだ本当に出番がないかは分からない。
あの剣聖が厄災を倒すことが出来ず、また押し止めることさえ出来なかったら、いよいよ我々が出てくる番かもしれない。勝手な行動かもしれない。もしかしたら、一部の者から文句やら何かが言われる可能性も無くはない。だが、この街を守るためには必要なことだ。
そうしてこのお祭り状態の街を二人で歩いていると
「よ、ようやく見つけました!!」
目の前に現れたのは、一人の少年。それはメユーには分からなかった。だが、一目見てトーゼツは彼が何者なのか、すぐに理解する。
「お前はあの時の魔術師か!?」
そう、剣聖ミトラに救われたあの日。トーゼツは一つの冒険者パーティチーム、もとい三人の冒険者を救っていた。その一人である魔術師の少年であった。
「あの時は仲間は死にかけ、お前もかなり深手を負っていたようだが、大丈夫か?」
「はい、まだベッドから出れない状態で、今も二人は寝ています。でも、意識が戻った時もあって、お医者さんが言うにはあと数日で万全な状態になるだろうという話です」
この世界の医療は、薬や手術だけではない。魔術によって肉体の治癒能力を向上させたり、また細胞を活性化させて傷を治すことだって出来る。だが、それもある一定の傷だ。切断された腕をくっつけたり、トカゲのように生やしたりなどは、本当にごく一部。医療系の魔術を極めた者ぐらいしか使えない。
治癒魔術というのは便利だが、万能ではない。もし、治癒魔術であらゆる負傷を治せる者がいるとしれば、術聖か。もしくは神々ぐらいなものだろう。
「そりゃあ良かったな。パーティメンバーが戦いで死に別れるっていう話はよくあることだし、俺の知り合いにも実際、大切で、大事な……まぁ、とにかく無事でよかったな」
「はい!本当に助けてもらって…頭が上がりません!それに…これまであなたの事を職なしだって心の中で見下してました…本当にすいません」
「いいんだよ、そういうのにも慣れているしな」
「いやいや、このお礼と謝罪は必ず報います」
そのように、頭を深々と下げ、その想いを乗せた言葉を述べ続ける。
トーゼツとしては助けたいから助けただけの話だ。人の命を救えたことに恩やら見返りなどはない。いや、さすがにそれは言い過ぎかもしれない。彼も一人。聖人君子ではない。
だが、それよりも助けることが出来た。その事実が彼を幸せにしている。
それを言おうとしたのだが、目の前の少年の様子を見て、開けそうになっていた口を閉じ、言おうとしていたものを喉奥へとひっこめる。
彼の姿勢、雰囲気、言葉遣い。それらで察知する。
(こういうのは何を言っても退いていかない人間が多いんだよなぁ。だったら―)
「そうか、だったら、今から助けた恩に報いてもらおうか。メユー、屋台をめぐっている最中だったけど、少しばかり付き合ってくれるか?」
そのように言われ、トーゼツが何をしようとしているのか。すぐに理解し、「ええ、いいわよ」と迷うことなく了承する。
「そういえば、まだお互い自己紹介がまだだったな。俺の名前はトーゼツだ」
「私はメユーね」
「ぼ、僕の名前はエルドです!」
そうして、互いのことを知りながら、三人はその賑やかな人ごみの中を掻き分けて進んでいくのであった。