サムライ 9
ザンクウは追撃を入れようと刀を振り上げる。が、トーゼツの不意打ちが効いているのか、がくり、と膝が折れて倒れそうになる。
「……ッ、思ってる以上のダメージだな」
体内から凍らされたのだ。逆に体がまだまだ動ける状態なのが不思議なくらいである。
鈍い体と意識の中、ザンクウは改めてトーゼツを見る。
自分が斬った、そのはずだ。肉も、骨も、内臓も切断されたはず。しかし、トーゼツの体は無事に治っており、血の一滴も垂れていない。まるで何もなかったかのように。
治癒魔術……とは考えきれない。
(固有技能か……?肉体治癒を向上させる固有技能も見た事はあるが……これほどの治癒力を持っているのは初めて見るぞ)
ザンクウはトーゼツの異質さに深い興味を持ちながら、息を整え、魔力でゆっくりと凍った体内を温めていく。それは確実に、しかし微々に進んでいく。
このザンクウが上手く動けない、怯んでいる今が倒すチャンスだ。そのはずである。
しかし、動けない。
トーゼツも、テルノドも……これ以上ザンクウに向かって踏み込む事が出来ない。
(なんだ、この感覚は……!)
刀を持って警戒しているザンクウが放っているその殺気は凄まじく、中心に半径十メートル以内に入るモノ全てを斬らんとするほどの圧であった。
踏み込まないと倒せない、しかし、踏み込んだら自分が斬られる。
であれば──
「トーゼツ、ロームフ、ここは先に進め」
テルノドは杖を構え、戦闘体勢を取る。
「私たちの目的はザンクウを倒すことじゃない。この戦争の裏にいる可能性があるサルワの捜索だ。ここは私に任せて進むべきだ」
テルノドの言う通りだ。
ザンクウは動けないからこそ、ここは先へ進むべきだ。しかし、残ったテルノドはどうなるというのだろうか。三人で勝てないザンクウを前に、テルノド一人でどうにか出来るのか?
否、出来るはずがない。
「でも──」
トーゼツが反論しようとする。が、彼の目を見て理解する。それはテルノドの強い覚悟をした目。しかし、自分が生贄になる覚悟ではなく、絶対にザンクウを倒して見せるという覚悟であった。
「……ロームフ、行くぞ」
トーゼツはそうして走り始める。
ロームフは戸惑い、本当に行っていいのか?と考えるが、何も出来なかった自分が、何か発言する力はない。そう思った彼もトーゼツのあとを追う。
「申し訳ないのじゃが、勝算はほぼゼロというのは分かっているだろう?一体、どうするつもりだ?」
ザンクウのその言葉に、テルノドは「はぁ」とめんどくさそうに溜息をつく。
(ザンクウは勘違いをしている。たった今、勝率条件が変わったんだよ。ザンクウは俺を倒し、速くトーゼツ達に追いつく事。俺はトーゼツ達が逃げ切れるまで時間を稼ぐこと。であれば──)
「本当にめんどくさい。だが、本気を出さねば勝てないからな。行くぞ、刀聖。これが俺の本気だ」
テルノドは宣言する。
「職位上昇、術聖解放」
その瞬間、テルノドの魔力量、気迫、その全ては上昇する。
「さぁ、来い。術聖テルノドの力を見せてやる」




