内の覚醒 8
トーゼツは抵抗できない少女に対し、トドメを刺そうとする。
本来の彼であれば、少女を殺すという選択など取らなかった事だろう。しかし、神都崩壊したあの時に痛感したのだ。時には殺すしかない者もいるのだ、と。
そもそも、厄災の影響で魔物化してしまった人々を虐殺してしまった。他者から見れば仕方のない事だと言ってくれるかもしれない。逆に殺すことで救ったと慰めてくれるのかもしれない。
だが、そんな甘い言葉に自分は揺らがない。
そして、これからは何がなんでも相手を生かすという甘い考えも捨てる。
時と場合によっては──
「殺す!」
トーゼツは剣を少女の首に向けて振り下ろす。
その瞬間だった。
「ありがとう」
少女の口から最後に出た言葉がそれであった。
振り下ろしたソレを止めることは出来ず、容赦無く少女の首を刎ねる。
ゴロゴロと地面を転がる頭。
トーゼツの中であらゆる思考が脳内を駆け巡り、その場から動けなくなってしまう。
ありがとう?
この少女は最後、殺そうする自分に感謝をしたのか?
どうして?
なぜ?
いいや、そもそも彼女は本当にこの状況を望んでいたのだろうか?
厄災の狂気は人に侵食する。そして、サルワやイルゼと言った、厄災の力を逆に自分のモノに出来る者たちもいるのも確かだ。
一体、彼女はどっちだったのだろうか?
厄災の力を我が物としていた者なのか、それとも──
「はぁ、はぁ……はぁ!」
呼吸が荒くなる。
あらゆる事が煩わしく感じてくる。
そして──
「うッ!あ、おァ!!」
トーゼツは吐き出す。
気持ち悪い。
それは目の前に死体があるからでも、血液の嫌な鉄の匂いを感じたからでもない。
馬鹿な自分に対し、吐き気がしたのだ。
「ごめん……!」
謝罪する。
しかし、返事はない。
目の前の少女はもうとっくに死んでいる。
だが、謝り続ける。
「ごめん……!」
確かにサルワのように殺さないといけない者たちがいる。罪の意識すら感じない、死ぬ事でしか贖罪出来ない馬鹿野郎たっているのは分かっている。だけど──
本質を見失っていた。
英雄になりたい?
誰かを救いたい?
「俺が……馬鹿だった…………!」
この少女は感謝していた。だが、これで救えたなんて思っていない。
まだやれることはあったはずだ。
彼女が被害者であると理解するタイミングだってあったはずだ。
「……ッ!」
行かなきゃ。
トーゼツは立ち上がり、前を向く。俺は馬鹿だ。だけど、愚かじゃない。自分の犯した罪を償うためには止まってはいけない。諦めてはいけないのだ。
そうして歩き始めようとしたその時だった。
「力の一部だけとはいえ、一回しか殺せないとはね。粗悪も粗悪、劣化版も良い所だわ」
そこに現れたのは一人の女。少女の死体を侮蔑の目で見下ろしながらそのように呟く。トーゼツの知り合い……というわけはないが、何度か見た事のある顔であった。
そして女はトーゼツの目の前で、少女の頭を踏み潰す。
「なッ……!お前!!」
トーゼツは怒りの目を向ける。
「ふははっ、良い目をしている。それでこそアイツの弟だ。アナタのことは知っているけど、ここは初めましてと言っておくわ。トーゼツ・サンキライ。私の名前はファールジュ。よろしく」




