襲撃 3
走っていく二人とは違い、ゆっくりと落ち着いて都市内部へとファールジュは歩いていく。
「かなり暴れてるわね」
彼女の眼には惨劇が広がっていた。
市民を守るために戦ったであろう兵士たちの哀れな姿があった。中には人の原型を止めていないモノもあった。きっと、あの二人に歯が立たなかったのだろう。他にも巻き込まれた市民、兵士の協力の元、一緒に戦ったであろう冒険者……。
立派に舗装された地面には血が流れ、あちこちから嫌な鉄の匂いが鼻に入ってくる。
……いいや、違う。
ファールジュは気づく。
この散らばった数百人の体はまだ生きている。細胞は動きを止めることはなく、口や鼻は呼吸を続けている。瞳孔は光に反応して動き、反射的にまばたきを繰り返している。
「天玉仙帝の力で国民は不死だと聞いていたが……」
時には死がやすらぎになることもある。きっとこの死にきれない者たちは凄まじい痛みを感じながらも、死ぬことも出来ずに苦しんでいるのだろう。
「これじゃあ、まるで呪いね」
そのように彼女は呟く。
自分は冒険者ギルド連合に、魔術学連合を裏切った。
とは言え、この惨状を見るのは──
「耐えませんわね」
複雑な表情のまま、彼女は再び歩き出す。
もう自分は引き返せない。
そもそも、今回の仕事は断ることも出来た。自分にしか出来ない仕事ではない。しかし、あの人は言った。この仕事は君にしか任せられないモノだと。
この道は自分の選んだ道だ。
そうして進んだ先に一人の女が立っていた。その女は魔術師のような格好をしており、とんがった独特の帽子を被っている。だが、それ以上に彼女の最も大きい特徴は赤と青の混じった派手な髪色と、両目に黒眼は見えず、その代わり五芒星が浮かび上がっていた。
「話からは聞いている。お前が外界の者のアニマ・ムンディか」
「そーだよー!アニって呼んでくれて構わないゾ」
ニヤリ、とまるで悪戯する子供のようで、小馬鹿にしているようにも錯覚する表情。
初対面とは言え、さすがに気づいているはずだ。
自分が厄災を取り込んだ人間であるということに。
「君の名前は──あぁ、自己紹介はしなくて良いよ。最近、暇だったから色々と自分の力を弄ってね。そのおかげでこの世界の記憶に接続出来るようになったんだよ、少し試させろ」
世界の記憶……。
魔術師連合で魔術研究をしていたからこそ、その世界の記憶という概念自体は知っていた。
世界は生きている。それは比喩ではなく、言葉通り。世界にも魂があり、精神があり、そして鼓動している。そして生きているこの世界の上に存在している星々、生物、物質……それらはまさに我々のいう細胞のようなモノだ。無論、この話は仮説であり、『そうかもしれない』というだけの話だ。しかし、世界中の魔術の中にはこの理論を基盤としている魔術も発見されていることから、真面目にこの問題を研究する魔術師も少なくない。
そして、この理論からもしも世界が本当に我々と同じような生物であれば、脳にあたる部分があるのではないか?と考えもある。世界全てを手足のように動かし、全ての事象を記憶する部分が何処かに存在しているのではないか、と。
それが、世界の記憶だ。




