戦争開始 6
最強の冒険者であるアナトであっても、このようになれない坑道を歩くのはとても体力を使うようで、はぁ、はぁ、と息切れをしている。また、彼女は下級魔術によって空中に炎を生み出し、周囲を照らしているのだが、それでもまだまだ暗くて見えにくい。窪みに出っ張りのある地面に何度も転びそうになりながらもなんとかレギンについていく。
「大丈夫か?」
「心配するな、この程度で弱音を吐いていたらこの先の戦争で戦えないからな」
「はははっ、そんな軽口叩ける余裕があるなら、貴殿であれば余裕で戦争を勝ち残るだろうな。そもそも、最強の戦士に対し、少しでも負けるかも……と思うのが失礼だったな、すまない」
「そんなことないさ、私だって負けかけた経験はある」
それでも、負けた経験ではなく、負けかけた経験と堂々と言っている時点で彼女が正真正銘、全ての戦いで勝利を掴んできた最強の冒険者であるというのが分かる。
「しかし、この道、広いな。一体、何目的で掘られた道なんだ?」
「百年以上前の対セレシア戦争で用いられた坑道だよ。兵士に兵器、食糧などの物資運搬のために掘った道だ。掘ったばかりの時はしっかり整備していたんだが……まぁ、しばらくセレシアからの侵攻は無かったし、あの戦争以降は使われることは無かったからな。これほど荒れているとは俺自身、思っていなかったぜ」
確かに、そのような説明を聞いてよく見ると地面のあちこちからレンガのようなモノの欠片や破片が散っている。また照明として使われていたのだろう松明なども落ちている。
使われていない、今や忘れられた道。人が居た名残しかないこの道を見るとやはり人でも、人よりウも少し長く生きるドワーフでも、三百年は生きるエルフであっても……どんな種族でも人類の前では時間というモノは抗う事の出来ない事象であると分からされる。
「百年単位でこんなに荒れるんだな……。そういえば前のセレシア侵攻の時にレギン殿は活躍したんだよな。その時のセレシアとスヴァルトの戦いはどんな感じだったんだ?」
「どんな感じって……んまぁ、そうだな。あれはひどかった。エルフの魔術と俺たちドワーフの兵器によって被害が増え、戦線拡大してって……あちこち戦々恐々だった。攻めて、攻められて、多くの死人が出た。未だに身元の分からない肉塊だってある。そもそも死体さえ出てこない奴もいた。もしかしたら生き延びて何処かで未だに隠れているんじゃないか、と期待して待っている家族、友人だっている。とても悲惨だったが、それはセレシアも同様だろうな。精神的にやられちまった仲間もいる。未だに耳から離れない魔術による爆撃音、瞼を閉じてもまるでこびりつくように眼の中に残った隣で死んでいく同胞の姿、自分の手で殺したエルフの顔を忘れられず、酒やクスリで苦しみを和らげようとしている者もいる」
過去を語るそのレギンの表情はとても複雑なモノであり、敵国から祖国を守るための正義の戦いに勝った栄光の戦いであると同時に多くの仲間を失い、今なお引きずる問題を生み出した悲惨な戦いでもあったという事から来る感情なのだろう。




