戦争開始 5
アナーヒターの解説を聞いて、ミトラはチャミュエルの強さに強く納得した。
実際に戦ったことはないし、戦闘を見た事があるわけではない。しかし、話には聞いているし、会った事はある。仙国での騒動では水神とも呼ばれるアナーヒターと互角だったこと、そして魔力量だけで言えばアナトと変わらないほどのモノを保有しているということ。
また、実際見て感じるモノも、アナトと決して劣らないモノであった。
セレシアの英雄であり、エルフの中ではまさに最強クラス。さすがにアナトがチャミュエルに負けるような所を想像出来ないのだが、それでもきっと良い勝負をするのではないだろうか。
だが、そこでミトラがふと気づく。
ダイモンが魔術によって強化された者たちであるというのは分かった。一体、どのような魔術を用いて人体実験をしているのかは分からない。しかし、それで強くなっても勝てないアナトというその存在は──
だが、彼女はそこで思考を止める。
これ以上、考えても答えが見つかる話ではないし、本人に聞くようなタイミングでもない。そもそも、多少、魔術に心得があると言ってもミトラの本職は剣聖だ。魔術の基本しか知らない彼女が、人体実験に用いる魔術を理解することは出来ないだろう。これ以上ダイモン関連の話に首を突っ込んでも専門的知識になってきてより話を混乱させるだけだ。
そう思い、質問をすることもなく、ミトラはただ黙り尽くすのであった。
「さて、となると我々の侵攻計画は単純に物量で押し込むだけで問題ないな。変に考えすぎて戦略を取っても場が混乱するだけだろうし、罠だった場合とか、緊急事態に陥った時の迅速な退却方法を考えるだけで良いしょう。んじゃあ──」
アナトは近くに脱いで置いていた外套を絡い、外へ出る準備をすると指輪に魔力を流し込む。すると空間に穴が出現、そこから一本の杖を取り出す。
「レギン殿を外で待たせているからな。あとの話は私がいなくても出来るだろうし、行ってくるわ」
そう言って彼女はテントの外へと出る。
言っていた通り、すぐテントのそばでレギンが立って待っていた。
「話は終わった、準備も出来た。レギン殿、案内を頼む」
「……ついてきてくれ」
そうしてアナトは小さい彼の背中を追いかけるように歩いて行く。
冒険者の仮拠点でさえ首都ヴェリルの郊外であり、地面は舗装されておらず、ゴツゴツと硬く、場所によっては地上から滲み出た雨水によって歩きにくい場所であった。
しかし、レギンが歩いて行く方向はどんどん暗くなっていき、地面もより窪みやでっぱりが増え、より歩きにくくなっている。このような道や首都ヴェリルのような街はドワーフが地中をくり抜き、掘って作っている。もちろん、作るのにも労力を必要としている。そのため、街はともかく、移動用に掘った道は最低限歩けるレベルでしか作っていない。しかし、レギンの歩く道は、ただの道にしては横に広く掘ってあり、数十人、数百人規模の大移動でも使えそうな道であった。




