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寒冷の厄災

 それは北の果て。


 そこには地は無く、しかし氷が大地のように海の上に広がっている。


 北極海である。


 吹雪は舞い、どんな生き物であっても生命活動が難しいと思われる環境で一つの巨大な影があった。


 それは五メートル以上ある巨体で、白い毛に覆われていた。その毛も一本一本がまるで針のように尖っている。また、グルルルルッ!と凶悪な唸り声が出てくるその口にはあらゆるモノを噛み砕かんとする硬く、強い牙が生えそろっていた。


 それは明らかにただの獣ではない。とはいえ、魔獣とも呼べない。


 それは悪神から生まれた、十五の厄災の一つ。


 寒冷の厄災であった。


 そして、そこに近づく一人の影があった。


 「こんな果ての地にいるとはな、兄弟」


 それは支配の厄災こと、サルワであった。


 「……その姿、その匂い。キサマ、支配の厄災か」


 「そう呼ばれるのは好きじゃ無いな。私は今、サルワと名乗っているんだ。兄弟もそう呼んで──」


 「何しに来た、支配の厄災!!」


 それは怒りの混じった叫びであった。


 サルワは寒冷の厄災がどうして機嫌が悪いのか、一切分からなかった。しかし、その怒りが明らかに自分に向けられている。それはサルワにとっても不快であった。だが、その感情に乗せられて戦いに発展するのは面白くない。彼女はその不快さを呑み込み、話を続ける。


 「まぁ、良いよ。なんでそんなに怒ってるのか知らんけど。私がここに来た理由は一つ。私の力にならないか、兄弟?」


 「力、だと……?」


 「あぁ、そうだ。私はこの世界を支配する。だが、そのためには今の私の力だけじゃあ足りないんだよ。アムシャもアナト、他にも一人じゃあ明らかに太刀打ちできない相手が多いんだ。だから──」


 「それで同胞(やくさい)を取り込んだというのか?」


 寒冷の厄災の怒気が増し、殺意が高くなる。それと同時に周囲の吹雪が強くなり、サルワの口から真っ白な息が零れる。


 そこでやっと、「あぁ、なるほどね」と怒りの原因が何なのか、サルワは理解する。そして、逃れられない、説得できない怒りを前にしてサルワも殺意を高める。


 場の緊張がどんどん高まって行く。背筋に冷たい何かが忍び寄る。それは単純に寒いから、ではない。殺意によって心までもが冷やされていくのは互いに感じ取れていた。


 「私の取り込んだ厄災は既に人間の手によって滅ぼされていたんだよ。だから私が直接、手を下したわけではない。それに核だけになった兄弟たちを、放っておくことも出来なかったしね」


 と言い訳するサルワだったが、どうせ人間の手に滅ぼされていなくても、自身の力を強化するためであれば迷う事なく自分の手で滅ぼして取り込んでいただろう。


 そして、寒冷の厄災はとうとう、一歩踏み込んだ話を始める。


 「お前は、私をも取り込もうと考えているのか?」

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