戦争準備 11
常に誰よりも強く在り続けているアナトはトーゼツの抱えているその感情を理解出来ない。しかし、何か負の感情的なモノをトーゼツが持っている事はなんとなく分かっていた。
それは決してトーゼツが自分の感情を隠すのが下手というわけではない。
姉として……家族だからこそ、アナトはそのトーゼツの持つ感情に気づくのだ。
しかし、本人がそれを言おうとしない以上、アナトもまた追及はしない。
「……まぁ、良いわ。アンタが私の事をどう思っていようと、アンタは私の弟で、私はアンタの姉。その事実がある限り、私はアンタを信用してるんだから」
もう既に親は亡くなった、というのもあるかもしれない。
しかし、彼女がこれほどまでに家族というのを大事にするのは──
「……そうだな」
トーゼツもまた、弟であるゆえに何かを察する。が、アナト同様追及はしない。
お互いどのように思っていようと、アナトの言う通り、家族であるという事実は消えないのだから。
「さて、朝食も食べ終わったし、私はテンギョクの所へ行くとするわ」
「そう言えば今日が返答くれる日だったな。ったく……ギルド連合とメイガス・ユニオンが──いいや、世界がどうなるか決まるかもしれない日っていうのによくそんな態度でいられるな」
この開戦宣告は自分にも大きく関わってくる話だが、やはり発案者であるアナトの方がより緊張を持っていることだろう。そもそも、一国の王であり、冒険者ギルド連合の東方支部長であるテンギョクと公式の場で面会するというのも本来であれば夜眠れなくなるほどストレスに感じることだ。
というのに家族云々の話をするなど、一体どれほどの鋼のメンタルのことか。きっと心臓に毛が生えているどころではないだろう。
「毎日のように調和神アフラと会ってた私にとって、テンギョクに会うことなんて……はははっ!今更緊張することもないよ!」
そう言ってアナトはナプキンで口元を拭き、立ち上がると食事処から出て行く。その去り際に
「アンタは最近、動きっぱなしだったし、もうしばらくは仙国内で旅行でもして楽しむと良い!」
と言うのであった。トーゼツからしたら、動きっぱなしという所が理解出来ずにいたが、周りから見ればトーゼツは働きすぎではあるのだ。
刃の厄災を討伐後には黒いローブの集団と接敵し、支配の厄災ことサルワとも交戦し、その後はメイガス・ユニオン本部に侵入。そこからは休む事なく神都へと戻り、崩壊を食い止めようとした。そして今、外界の者の言葉を頼りに仙国を訪れ、アイギパーンを救おうとした。
全て一年以内の話だ。一介の冒険者としては異常なほどの働きっぷりだ。しかも、四大聖どころか、職も持たないトーゼツがこれほどの働きを出しているのだ。ここから一年間、休みたいという理由で仕事をバックれ、アナーヒターのように失踪しても誰も文句は言えないだろう。
「まっ、今日はやることないし、適当に散歩でもするか」
と今日一日のすることを決め、最後の包子を頬張るトーゼツであった。




