戦争準備 2
眼を覚ます。
まず脳に入ってくる情報は痛覚だった。
身体中が痛い。そのうえ、指の一本も動かせない。肉体的疲労も凄まじい。
次にぼやけた視界、不安定な思考で周囲を確認する。そこは知らない部屋。そして、知らない人たちがたくさん居る。姿、格好からして医者……?いいや、違う。もちろん、医者もいるようだが、治癒魔術師もいるようだ。
「おや、起きましたわね。私の声は聞こえてる?」
そう言って顔を覗いてくる一人の少女。背丈は短いため、ぼやけた視界の中ではただの幼い女の子にしか見えない、たが、その口調、声からして少なくとも見た目よりも年齢はある女性のようだ。
俺は彼女の言葉に答えようとする。だが、返事が出来ない。声もあげられない。
「瞳孔は動いているし、意識はあるみたいで良かったですわ。でも、声が出せないのかな?まあ、そこは少しずつ治療していけば治るでしょう」
そうして彼女は退いていく。
「助かったよ、アナタが来てくれなかった危なかったよ。エイル」
「そんなお礼入りませんわ、救命活動が私の仕事でしてよ、ミトラ様。しかし、さすがの私でも蘇らせるかどうか、怖かったわ。呼吸もしてない、心臓も動いていない。生命活動止まって一日以上経ってるのに、脳の細胞が半分以上生きているとかいう、まさに生きているかどうか判定出来ない体の治療はもう嫌ですわね」
と誰かと軽く会話して、背の低い女性は去っていく。
ここまで来て、まだ思考がぼやけている。
自分が何者で、どうしてこうなっているのか。全てが曖昧だ。この世界において、自分の存在がまるで砂糖水のように溶け込んで感じる。
その中で、ただ一つ、はっきり聞こえてくる声。
「良かった……師匠」
その声で、全てをはっきりと思い出す。
「ぁ……ぁぁ」
痛い。声帯を動かすだけでかなり痛い。何も飲まず食わすで、水分が足りていないのか。喉もカラカラだ。それでも、良い。
「しり…う、す」
必死に声をかける。
「師匠……!」
自分の弟子で、かけがえのない相手だ。
視界には見えない。でも、側にいるのは分かる。今はそれだけで良い。
「おや、さっきよりも元気になってるじゃん。だったら、弟子と師匠の再会よりも私とのお話に付き合って欲しいんだけどな。伝説の傭兵、アイギパーン」
「お、まえは……」
俺は知っている、コイツのことを──
「剣聖ミトラ……」
「声がっさがさだな。水でも飲むか?飲めるのならな」
ミトラはタオルに水を含ませ、優しく一滴、一滴と水をアイギパーンの口の中へと入れていく。全く水分がなかった口と喉の中に幸せが広がる。それはまるで砂漠の中、美しいオアシスを見つけたかのような感覚であった。疲労の溜まった肉体に冷たい水分が心も体も癒していく。こればっかりは治癒魔術では得られない快感であった。




