ダイモン 53
テンギョクの両腕はまるで流水のように滑らかな動きで、しかしそれは触れるだけでも危険なほど、確実に絶大の力が込められていた。そして、右手が勢いよく放たれる。
「流水如払!」
ローリィは自身を守るように纏う炎すら掻き消し、魔力すらも吹き飛ばしてその右手は押し進んでいく。まさにそれは人間の身では無しえないほどの技術であった。
「ッ!!」
無防備な状態になってしまったローリィはテンギョクの放った流水如払によって身体は強く薙ぎ払われてしまう。
どれほどの力だったのだろうか。神の力が宿っているとはいえ、素手である。というのに服を切り、皮膚を裂いて、胴体の肉を削り取る。さすがに内臓や骨などは出ていないが、とても痛々しい姿になっていた。
(力だけではない!天玉仙帝が数千年かけて造り上げたこの技術が、これほどの威力を生み出している!さすがは、仙人の中の仙人!帝王とも呼ばれるほどだなァ!だが──)
ローリィはすぐさま炎を生み出し、すぐさま両手の拳に纏わせるとテンギョクを強く殴る飛ばす。それに対し、テンギョクはそのまま流水のように動く腕を今度は攻撃ではなく、ローリィの拳を受け流すように回す。しかし──
「おッ!?」
テンギョクが予想していた以上の力だったようだ。全ての力を流し切ることが出来ず、そのまま拳が顔面にまで到達する。
ズザザッ!と靴底が地面を擦りながら後方数メートルへと飛ばされる。
「ちぃッ、全力の拳だったっていうのにな。威力の半分以上を受け流されちまったか!?ったく、ダイモンの力を使ってんのに……化け物かよ」
「ふん、キサマも充分化け物レベルだぞ?まさか、この余に攻撃を当てるとはな」
そのように言いながら、拳の入った顔をまるで痛みを飛ばすように擦る。
いいや、嘘だ。
テンギョクの言っている事も、自分の言葉も全て。
半分が受け流された……?そんな発言、現実を視たくないから出た言葉だ。本当は九割以上も受け流されている。きっと拳が入っただけでテンギョクはノーダメージだろう。そして、そんな彼が私を化け物レベル?なわけがない。
仮に私が化け物レベルだとするならばテンギョクは──
「ははッ、はははははッ!!」
ローリィから枯れた嗤いが出る。
自分の未熟さ。
知っていたよ、上には上がいるって。
神代の終末者アナト。調和神アフラ。十五の厄災。そして天玉仙帝……。
確かに自分は強い。でも、それはなんとかトップクラスの相手について行っているだけで、油断すれば自分も弱者へと落ちてしまう。
そんな事、分かっている。分かっていたつもりだ。
しかし、こうも現実を突きつけられてしまうと弱気になってしまうものだ。
だが、弱気になるのは今じゃない。
ここは必ず生き延びて、セレシアに帰る。
それが最優先事項。




